*** サルでも分かるアフガニスタン ***

                             

 

 1.アフガニスタンの一般的状況

  アフガニスタンへの援助活動の前提となる、アフガニスタンの一般的状況を簡単に述べておく。
政治交渉に関しては原則として除外する。
    但し、援助活動に影響があると思われることには言及する。

 1ー1 概況

  96年9月のタリバンによるカーブル陥落以来97年5月末までは現地の援助関係者、
    アフガン人など多くの人の間で、アフガニスタン全土の3分の2を支配するタリバンによって
  アフガニスタン全土が支配されるのは時間の問題だと思われていた。
  しかし、5月末のマザリシャリフからのドストム将軍の撤退、タリバンの侵攻、
  そしてマリクのタリバンに対する背反、及びサラン峠での反タリバン同盟の攻勢、
  それに続くカブールへの空爆の開始によって、
  現在ではタリバンの全国支配を予測する人はほとんどいない。

  かといって、反タリバン同盟がタリバンを押し返し、
  タリバン支配下の3分の2を取り返すと予測する人がいるわけでもない。

 1ー2 憶測

  タリバンと反タリバン勢力の動静、及び周辺諸国のアフガン和平に向けた外交については、
  様々な情報、憶測が伝わってくるが、
  決定的な解決というのはないのではないかという悲観的な気分が拡がっているのを感じる。

  a)その理由の一つは、政治的交渉とは別の次元で、タリバン、反タリバン同盟のそれぞれ
  のバックについていると信じられている国々の経済力を比較して、
   ア)タリバンをバックアップしている国々の経済力を反タリバン同盟をバックアップしている
  国々の経済力が凌駕するとは考えられない、
  故に反タリバン同盟は決してタリバンに対して優勢にはなれない、
  イ)しかし、反タリバン同盟をバックアップしている国々もアフガニスタン北部を
     緩衝地域として維持する程度の経済力はある、
  故にタリバンは全国制覇できない、というようなものである(注1) 。

  b)また、こういう不安定状態を歴史的に見て、
    むしろアフガニスタンの常態なのではないかと言うグループもある。

  c)他にアフガニスタン各地域の文化的相違がアフガン和平を遠ざけている
    とする意見も根強い。

  d)ことにパシュトゥーン族は「復讐」という概念を尊重しているのだから、
    もはや何重にも重なった復讐合戦になっており、
  これを整理するのはアフガン人自身にとっても非常に難しくなっているのではないか
    という意見がある。
    かつて日本でも西洋でも「仇討ち」やそれを達成する「決闘」が
    社会制度の一つに組み込まれていたことを考えると、
    アフガニスタンのこういう状態を簡単に批判することはできない。

  e)国連が干渉・援助しなければ、争いは勝手に収まるという意見もアフガン人、
    国連職員両方の間で聞くことができる。

 


 1ー3 政治情勢と援助活動

   アフガニスタンの現状をどう見るかということは援助活動の規模と内容に大きく影響を及ぼす。
    つまり、現状を非常時と考え、援助活動を「緊急援助」の枠内に留めようと考えるか、
    現状をほぼ常態と考え、援助活動を「復興・開発」にまで広げるべきであると考えるか
    という違いが出てくる。
    実際、この援助活動の内容をどこまで含めるかということに関する議論は現地レベルで
    かなり激しく行われており、
    援助関係者の間にコンセンサンスが存在するとは思われない。
    その結果、それぞれの国連機関が別々の方針を立てており、
    これは援助活動の効率を低めている理由の一つである。
 

 1ー4 援助と難民帰還

   また、援助機関のこの方針の相違はアフガン難民の帰還の動向に大きく影響を及ぼす。
     パキスタン政府はアフガン難民の帰還が進まないことにいらだちを表し始めている。
     故に、難民帰還を担当するべきUNHCRパキスタン事務所(ジャック・ムシェ代表)
     は非常にプレッシャーを感じているはずである。
     帰還を進めるための方策としてエンキャッシュメントプログラム
  (帰還した難民にIDカードと交換にキャッシュと小麦を供与する)があるが、
     これは一時的な援助に過ぎず、本気でアフガニスタンに帰還し定住しようとしている
     難民にはインセンティブとならない。
     そのためにUNHCRアフガニスタン事務所(シュリ・ウィジャラトネ代表)は帰還促進の
     ためのプロジェクトを今年実施したい考えである。
     これはアフガニスタン内の難民帰還地域をいくつか選び、
     そこに集中的に復興プロジェクトを投入しそれをプルファクターとしようとするものである。

  これはUNHCRの例に過ぎないが、この例が示すように、
    アフガン援助が「緊急援助」の範囲に留まるかぎり、
    難民帰還を促進するのは難しく、それを打開するためには「復興・開発」に援助活動が
    拡がっているというシグナルがアフガン難民に達することが必要であるということである。

 
 1ー5 「ジェンダーイシュー」と援助と難民帰還

  援助活動の規模と内容に大きな影響を与えている要因の一つに、
     いわゆる「ジェンダーイシュー」がある。
  タリバンが女性のブルカ着用を強制したり、女性の教育を否定したり、
  また女性が働くことを禁止したりすることが、
  女性の人権侵害として大きな問題となっている(注2) 。
  女性が援助プロジェクトの受益者にならない限り、
  そのプロジェクトは実施しないという方針が国連機関で拡がりつつある。
  コフィ・アナン事務総長の下で、
  『ジェンダーイシューと女性の地位向上に関する特別顧問』として
  アンジェラ・キング女史が指名され、
  彼女は『アフガニスタンにおけるジェンダーイシューに関する
  インターエージェンシー・グループ』を組織した。
  もっとも、アンジェラ女史がどこにいるのか、
  何をしているのか知っている人はほとんどいない。
  しかし、これの評価をするのは早すぎるであろう。
  「ジェンダーイシュー」に関してこれまでに観察されるところは、
  「ジェンダーイシュー」と援助活動のリンクのさせ方に関しては
  援助機関相互の間でまだコンセンサスはないということ、
  及び同一援助機関であっても、
  アフガニスタン内で活動を行っている職員とイスラマバードにいる職員の間で
  大きな意見の違いあるということ、である。
  アフガニスタン内で活動している人達の多くは、
  タリバンの女性に対する方針をイシュー化することのネガティブな影響を懸念している
  (もちろん女性の人権を軽視するということではない)。
  つまり、「ジェンダーイシュー」と呼ばれているものが人権問題である前に
  文化の問題でもあるということに配慮して取り組まないと無用な摩擦を生み、
  タリバンを硬化させてしまうだけであろう、という懸念である。
  いずれにせよ、タリバンの方針が突然変わるとも思われないので、
  「ジェンダーイシュー」が解決するまでは援助活動を「緊急援助」の範囲に留める
  という方針が拡がれば、
  これがまたアフガン難民帰還を促進しない理由の一つになるだろう。

 
 1ー6 タリバン支配下の秩序・安全

  アフガニスタン南部の秩序・安全はタリバン支配後、著しく改善した。
  これはタリバンが厳罰主義をとったおかげである。
  タリバン支配以前は、アフガニスタン全土がほぼ無法状態にあった。
  強盗、強姦、窃盗、傷害、殺人が日常化し、
  そして局地的支配者によって悪名高いチェックポイントがいたるところに設けられ、
  道路を少し進むごとに通行税を払わなければいけないという状態であった。
  タリバンはチェックポイントを廃止し、秩序・安全を回復した。
  織田信長が入京してから、淀川沿いにあった180カ所の関所を廃止し、
  厳罰主義をもって一般市民の安全を確保したのに似ている。
  アフガニスタン南部と比べて、
  一般的に教育水準が高く西洋化の度合いも高いと思われているカーブルでは、
  タリバン支配に対する反感が今でもアフガン人の間から聞こえる。
  しかし、そのようなカーブル市民でさえタリバンがもたらした秩序・安全に関しては
  率直に感謝を表す。
  但し97年5月以来、偽タリバン、反タリバン、半タリバンらによる強盗・傷害事件などが
  発生し始めた。
  タリバンのカーブル支配が磐石なものではなくなってきた兆候であるだろう(注3 )。

 
 1ー7 アフガニスタンの経済(注4)

  アフガニスタンで経済というものが機能しているかどうか疑わしいが、
  少なくとも貨幣が流通しており、物やサービスの売買が行われ、
  かつそこで人間生活が行われているのでなんらかの経済活動は存在する。

  しかし、生産活動が回復するには投資が必要であり、
  そのためには安定(に対する信頼)が必要になるために、
  本格的な生産活動を始めるまでにはまだ時間が必要である。
  故に長期的展望を持った投資を必要としない商業のみが、
  安定した地域から順に回復している。

  座席を取り外したアリアナ航空の旅客機で、
  ドバイからカンダハルへ大量の商品が輸入されている。
  TVゲーム、テレビ、布、冷蔵庫、クーラーなど様々な商品がある。
  これらのほぼ全てがパキスタンへ運び込まれる。
  ほとんどは陸路でチャマンを通って国境を越え、クエッタに到着する。
  国境で関税を払うことになっているが、
  パキスタンの税関は買収されており関税は免除されていると伝えられている。
  それが事実かどうか調査したわけではないが。

  ヘラートではトルクメニスタン経由でテレビ、冷蔵庫などの商品がトラックで
  輸入されている。
  アフガン人の輸入業者はドルで支払う。
  アフガニスタンではどこでも古いドルの両替が敬遠されるか、
  または低い両替率が適用されるが、
  ヘラートでは特にトルクメニスタンの商人が
  1990年以前に発行されたドルを受け取らないため、
  90年以前のドルが両替できない。

  アフガニスタンで生産活動と呼べそうなものは現在、農業ぐらいである。
  しかし、その農業も(本来の生産能力の何%まで回復しているのか分からないが)
  相当低い生産率に留まっていると思われる。
  そのために「都市問題」が発生している。
  帰還した難民の多くは元々農民であったが、農地が農業に従事できる状態でないため、
  都市(カーブル、ヘラート、カンダハル等々)に集まって来る。
  都市では少なくともWFPなどの救援物資にありつけるか、
  単純労働者としての職にありつけるかもしれないからである。
  しかし、都市といっても復興しているわけではないので、
  まだ大量の住民の負荷に耐えられない。
  ゴミ問題が至るところで発生し(注5) 、不衛生極まりない。
  水道・下水道の不備も住民の健康状態を悪化させている。
  カーブル以外ではほとんどの地域では電気がない。
  ガスも配給施設が破壊されているため、木を伐採して燃料にするしかない。
  これによる自然破壊は深刻である。

  従って、前段に述べたような商業活動が唯一の経済と言えるのだが、
  その恩恵を被っている住民の割合はほんの少しではないかと思われる。
  阿片用けし栽培はこのような環境で行われている。
  阿片用けしを栽培している農民は大きくわけると二種類に分類できる。
  第1のグループは伝統的に長い間、阿片用けしを栽培しているグループである。
  第2のグループはアフガン内戦によって農地を破壊され、
  従来の農業活動を行えなくなり、阿片用けしを栽培し始めたグループである(注6) 。

  UNDCPはこれらをかなり詳しく特定している。
  そして、第2のグループに阿片栽培を止めさせるためには農業活動のインフラストラ
  クチャーの復興が必要であるという認識で、復興プロジェクトを実施しようとしている。
 
  しかし、これには他の国連機関との協力が必要であるだろう(注7)。

  一般的に、アフガニスタンの経済状態を把握しようとする努力が援助機関の間で
  非常に貧弱かもしくは全然ない(注8)
  これも援助活動の効率化を妨げている理由の一つである。
  個別プロジェクトの道路や建物や農地などの破壊状況の調査は
  単発的に行われることもあるが、それが経済活動に与えている影響、
  人間生活に与えている影響は把握されていない。

  プロジェクトを発注する国連機関のプログラム担当者もNGOから無数に来る
  プロジェクトの提案にプライオリティを設定する基準となる情報を持っていないので、
  ある地域で、あるプロジェクトが実施されるかどうかは
  そのプロジェクトを受注したいNGOと
  それを発注するプログラム担当者の個人的な関係に依存しがちである。
  NGOと国連機関の間の贈収賄とか癒着の噂が発生するのは
  こういうところに原因があると思われる。
  アフガニスタンの状態を緊急事態ととらえようが、常態ととらえようが、
  実態を把握せずに無闇にお金を投入する時期は、
  地域によってはとっくに終わっている。
  マーケティングをしない経済活動が成功する確率はほとんどないように、
  現状把握をしない援助活動が効果的である確率もほとんどないであろう。

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(注1)

こういうのはあくまでも政治的交渉に直接関与しない人達
(アフガン人、外国人を含む)の間での話である。
一般に吹聴されている話は、タリバンのバックにはアメリカ、サウジアラビア、
パキスタンがおり、反タリバン同盟のバックにはイラン、ロシア、ウズベキスタン、
タジクスタンがいるというものであるが、これにもいくつかのバージョンがある。
また、バックアップというものの、その内容に関しても様々なバージョンがある。

(注2)

タリバン支配下であっても、
女性が働いている場所や女子だけの学校が実は存在する。
タリバンも承知しているが見て見ぬふりをしている。

(注3)

7月16日、カーブルUNOCHAのアンジェラ女史宅へ5〜6人のアフガン人が
武器を持って押し入り、彼女を全裸のまま後ろ手に縛って暴行し、
現金、テレビ、ビデオなどを盗み、逃走するという事件があった。

(注4)

定量データは得られないか、得られてもあてにならないので、
ここでは若干の観察だけを記す。
また、石油・ガスパイプライン問題はアフガニスタン経済最大のトピックかもしれないが、
分量が多くなるので当地を離れる前に別稿にすることにした。

(注5)

UNCHS/Habitatがこれを解決するプロジェクトを行う。

(注6)

阿片用けしは劣悪な条件下で、しかも短期間に栽培できる。
年間を通しての水の世話など環境コントロールを必要としないため、
農業作物を栽培できないところでもけし栽培は可能である。

(注7)

UNOCHAの「Consolidated Appeal for Assistance」を見る限り、
UNDCPが関わっているのは、全部で140のプロジェクトのうち、
南部地域のただ一つのプロジェクトだけである。

(注8)

WFPはカーブルでアフガン人の窮乏状態を一軒ずつ調査して、
最も貧しいと思われる家庭に優先的にパンを配給しているが、
これはまれな徹底した例である。
なお、カーブルには推定100万人の住民が生活していると思われているが、
そのうち最も貧しいと思われる26万人はWFPの配給するパンに頼って生存している。