<カラーチーは港まちー>

 

 そろそろ本題に入ろう。儀式である。セレモニーである。実を言うと、出発前は少々憂鬱だった。何しろ結婚式だ。結婚式といえば、どこの誰だかわからんオヤジが、どうしても「人生」を「マラソン」にたとえてみないと気が済まないし、異常に趣味の悪い、借り物の派手なドレスを着た新婦の友人代表が「テントウムシのサンバ」を歌わないと承知しないし、新婦の小学生なみの下手くそな作文にお父さんが目頭を押さえないことには始まらない。こうなったら、「優秀な成績で御卒業」などしていない新郎の学生時代の悪行や、「お茶もピアノも英会話もマスターした」ためしのない新婦の男遍歴をネタに、飲んで食うしかないと言うもんだ。

 ところが、パキスタンである。パキスタンと言えばイスラーム。イスラームと言えばアルコールは御法度。結婚式といえども例外でなない。だから、パキスタンでは、大安の日曜日に、鶴亀模様のやたらでかい紙袋を手に下げ、まっ昼間から赤い顔して町を徘徊する礼服の集団に出くわす危険性は、100%ない。そんなことはどうでもいい。問題は結婚式に出席してしまった場合だ。あの究極のマンネリズム、完璧なマニュアル、死ぬほど退屈な2時間、これをアルコール抜きでどうやって切り抜けろというのかああああ!!!と叫ぶほどのことではないが。

 めだたい兄の結婚式だ。アルコールが出ないくらいが何だ。オヤジでもテントウムシでも飛んでこいだ。

 私は覚悟を決めて、顔以外の女性の肉体は全て恥部とされるイスラームの国へ、くるぶしまで足の隠れるドレスを新調して旅だったのだ。

 4月24日金曜の深夜に関空を出発し、炎熱地獄のバンコックで乗り継ぎのため12時間ステイしたあと、翌4月25日土曜の夜十時、ようやくパキスタン随一の国際都市カラーチー空港に到着。ついに、私たちは、生まれて初めてのイスラーム世界に足を踏み入れたのだ。アッラー!

 出発前に何度も頭の中でシュミレーションした、カラーチー空港に到着するの図が、今、ここで現実として展開されていく・・・と、予想もしなかった事が起こった。飛行機から降りて、あの蛇腹のような通路を通りぬける。するとそこに、まちがっても空港関係者や乗務員には見えない、イスラーム服を着たパキスタン人が、ウヨウヨ立っているのだ。

 なんだ、こいつらは?なんでこんなとこに一般人がごろごろしてるんだ?ここはまだ税関もパスポートコントロールも通過する手前だぞ。まあいい、別に危害を加える様子もなさそうだ。

 パスポートコントロールにたどり着くと、既にどの窓口も長蛇の列ができている。なかなか進まない。チェックが厳しいようだ。と、さっきうウヨウヨしていたイスラーム服の男二人が私たちの方にずんずん近づいてくる。

 無視無視、目を合わせたら負けだぞ。知らん顔してるんだ。

 ぬうっ、男の一人が私の鼻先に大きな紙をつきつける。おおっ、そういう手で来るか。英語で何か書いてあるけど、知らん、知らん、私は何も見んぞ。どうせ、「ギブミー・マニー」とか何とか書いてあるんだろ。分かってるんだからね。こちとらパリやローマでこの手の物乞いには慣れてんだ。へん。あっち行け、しっしっ!ふんとに、税関の中まで入ってきて、ずうずうしい奴らだぜ、まったく。字を読めってか。ん?なんだローマ字じゃないか。ミスター○○○○、ミズ××××・・・って、そりゃ私たちの名前だあ。

「××氏から依頼されて迎えに来ました。」

それならそうと早く言えばいいんだ。聞く耳持たなかったけど。

 こうして私たちは、兄から依頼されて出迎えに来て下さったらしい現地の方々に(急に敬語になるなって)誘導され、乗務員専用の横の通路から堂々とパスポートコントロールを通過したのだ。その男たちはというと、私たち一行のパスポートを全部もってパスポートコントロールに行き、二言、三言言葉を交わしてすぐに戻ってきた。そんなのあり?まあ、いいけど。

 次は税関だ。これがちょっとドキドキものなのだ。なんせ私たちの荷物の中には、パキスタン国内持ち込み禁止の、1.8リットル入り紙パック焼酎「鬼殺し」が二パックもはいってるのだ。う〜〜〜、緊張、緊張。勝新太郎もこんな気分だったんだろうな。しかし、パンツの中に紙パック焼酎は入らんしな。

 ベルトコンベアーに乗って回ってきた荷物をカートに乗せると、さっきの男達が「私たちが運びますから」と、又々親切な申し出。税関まで運んでくれるのかと思っていたら、私たちを残して自分でとっとと税関のカウンターまでカートを押して行ってしまった。ちょっと離れたところでポカンとして眺めていると、税関職員は荷物に見向きもせず、触りもせず、行け、行け、てな感じで、男達はすぐにカートを押して戻ってきた。その間30秒。これで終わり、だとさ。

 ええっ、そ、そ、そんな。あとで追いかけて来るんじゃないだろうな。さっき前に並んでた乗客たち、まだ並んでるぜ。いや、待てよ、これって、ひょっとしてヴィップ待遇ってやつ?う〜ん、兄もえらくなったもんだ。フリーパスだせ、フリーパス。

 兄は別にヴィップでも何でもなかった。あのイスラーム服の男達は、一人1500円で誰でも雇える出迎え業者だったのだ。どうりで、ウヨウヨいたわけだ。出迎え業というよりも、むしろ入国手続き代行業といった方がいいだろう。ちなみに、1500円というと、どれくらいの価値があるか。つい最近の新聞に、子供がサッカーボールの工場で一日労働して75円という記事が出ていたが、そうすると、ほんの10分かそこらの仕事で、20日分の賃金か。どうなってるんだ、この国は。

 で、そんなおいしい仕事を入国管理局がただでやらせておくわけはない。1500円のうち、1450円ぐらいがパスポートコントロールの係員と、税関職員に渡っている、と私はにらんでいる。

 1500円というのも、なかなか憎い線をついてくる。これが3000円じゃ、やっぱり並んで待とうかな、という気になる。別に正規の手続きでは一生出してもらえないわけじゃなし。2時間ほど我慢すればいいだけなのだから。しかし、「いらち」で「しぶちん」の関西人には、1500円はちょうどいいお目こぼし料だ。

 現地に知り合いがないけど、早く外に出たい、という場合はどうするか。そこはそれ、蛇の道は蛇。代官、いや税関職員に直接お金を握らせるという手もあるらしい。しかし、そんな「えげつない」こと、普通は思いつかない。だから、いっそ、「お急ぎの方専用窓口」1500円とか、「偽造パスポート使用者専用窓口」5万円とか、「密輸品携帯客専用窓口」一品1000円よりとか、作ったらどうだ。どうだってことはないが。

 そんなわけで、私たちは、まだ税関で足止めをくらっている、前の乗客を後目に、あっさりと空港の外へ出ることができた。

 ぬお〜〜っ!ウジャウジャウジャウジャ、ウジャウジャウジャウジャ、ウジャウジャウジャウジャ、ウジャウジャウジャウジャ、ウジャウジャウジャ。

 同じ顔、同じヒゲ、同じ衣裳の男、男、男!まるで宗教団体じゃないか。それでいいのか。しかし、いくらイスラームの国だからって、なにもそこまでイスラームすることないだろうが。そういえば、膝下まであるだぽっとしたシャツとズポンって、あの例の宗教団体の信徒も来てたっけな。これをまねたんだな。オリジナリティのない奴らだ。どうでもいいが。

 飛行機から降りてきた人、出迎えの人、これから飛行機に乗る人、何も用はないけどうろうろしてる人、カートを運ぶ労働者、物売り、物乞い、物まね、これはいなかったが、とにかく人波をかきわけ、かきわけ迎えに来てくれている兄の待つ場所へと進んでゆく。

 これだけ大勢の人間が右往左往しているというのに、私たち一行はすぐに彼らの注目を浴びてしまった。そりゃあそうだ。なんせ私たち以外全員イスラーム服なのだから。今の日本で、ちょんまげに羽織袴の侍が歩いてるようなものだからな。

 彼らのその眺め方が面白い。この世の中にこんな変わった生きものが生息していたのか、これはよ〜く観察して家に帰ってばあちゃんに話してやらんとな、と思っていたかどうかは知らないが、ちょうどテニスの試合を見ている観客のように、私たちの進行に合わせて顔を左から右へと180度移動させてゆき、中には290度ぐらい首をひねってあやうくひっくり返りそうになってる人もいた。そうまでして私たちの姿を見失うまいと目で負っている。私は生まれてこのかたこれほど世間の人の注目を浴びたことはない。感無量。