<牧師さんは普通の人だった>

 会場内は、相変わらず無秩序な雑談場だ。と、そこへ、唐突に牧師さんが現れる。通常は教会で行う結婚式を、披露宴と抱き合わせにして、この宴会場でいっぺんにやってしまおうというのだ。なかなかデインジャラスな、いや、ゴージャスな企画だ。

 牧師さんと通訳の男性が兄の前に座り、何かぼそぼそと話している。式の打ち合わせか?それとも、キリスト教徒の女性を娶る夫の心得十箇条みたいなものを、諄々と諭されているのか?「こういう場面を写してもいいものだろうか。」と考えつつ、恐る恐るカメラをもって近づくと、牧師さん、すばやくこちらに顔を向け、ニッコリ笑ってハイポーズ。

 牧師さんは普通の人だ。

 時計は8時を回った。ここまで来るとさすがに腹が据わってくるというものだ。いつしか私たちは「ただなんとなく待つ」ということに慣れてしまった。

 「グワ〜〜ン、ガガガガ〜ン。」突然、何の前触れもなく、ステージから大音響。各テーブルで好き勝手におしゃべりしていた出席者が、いっせいに入り口を注目する。

 アチャ〜〜〜〜ッ!ナヒ〜〜〜〜ッ!ワラ〜〜〜〜ッ!テヘ〜〜〜〜ッ!

 あちこちからウルドウ語の歓声、溜息、どよめきが起こる。ついに新婦の登場だ。

 純白のウェディングドレスとベールに身を包み、左右に親族を従え、スポットライトを浴び、バンドの生演奏に迎えられ、その女の人は、ゆるりゆるりと会場の奥へと向かう。

 なんと華やかな、なんと艶やかな、なんと厳かな、なんと、なんと、ななな〜〜〜んと言っても結婚式の主役は花嫁だ。新郎はほんの付け足し。ステーキにクレソン、ハンバーグにポテト、上トロの刺身に大根のけん、冷や奴に青ねぎ、茹でたそら豆にゲソの塩焼きなんかもいける、なんの話だ。花嫁は美しいの話だ。

 新郎・新婦が揃い、牧師の前に並んで立つ。いよいよセレモニーの始まりだ!

 バンドの演奏が止み、シャッターを切る音だけがいつまでも続く。テーブルを挟んで新郎・新婦コンビと牧師・通訳コンビが向かい合い、その周囲をあっという間に人が取り囲む。遠巻きに、ではない。10センチほどの距離まで詰め寄って見物するのだ。

 ちょっとちょっと、ビデオもってるお兄さん、邪魔だってば、そのお尻。ええい、足踏むなって。その頭のでっかい人、そう、あんたあんた、ちょっとしゃがんでくんない。んもう、ライトこっちに向けると熱いって。ひえ〜、誰か私のスカート踏んでる、その足どけろ〜っ。

 肩があたった、足を踏んだで、2〜3人が小競り合いをはじめ、だんだんエスカレートして、つかみ合い、どつき合いとなり、仲間が加勢に入って、ついには大乱闘へと発展してゆく、ようなこともなく、衆人環視の中、厳かにしめやかに儀式は続いていった。

 かくして、新郎・新婦を取りまく石のように動かない群衆の隙間から、なにくそと、体をねじくりまわして、やっとのことで36枚撮りフィルム一本使いきった。これで、出席できなかった両親にも、兄の晴れ姿見せてやれる。

 帰国後、さっそく写真を見にやって来た両親は、うかない顔だ。

「兄ちゃんの顔が全部ちょんぎれているのは、何かわけがあるんか?」