<私も写るんです>

 厳粛な儀式が終わり、二人は退場していった。主役の消えた会場は、又、もとの無秩序な雑談場へともどってしまった。

 お色直しだろうか?お色直しなんて日本だけの習慣なんじゃないか?じゃあ、どこへ行って、何をしているんだ?

 私たちは再び、事情を知らされない状況に、苛立ちと不安を感じ始めていた。他のテーブルはというと、水、コーラ、ジュースを囲んでみんな機嫌良くおしゃべりを続けている。

 一体何なんだ?どうしてみんなこうも落ち着いていられるんだ?ひょっとして何も知らされていないのは私たちだけなのか?それともパキスタン人の体内時計は日本人の100分の1の速度で進んでいるんじゃないか?

 新郎・新婦が退場して30分ほどたった頃、新婦のお姉さんが私を呼びに来た。ついて行くと、同じホテルの一室で、二人は写真撮影の真っ最中。なるほど、そういうことだったのか。しかし、退場してから今まで、ずっと撮り続けていたということか?日本でも、式のあと新郎・新婦の写真撮影はあるが、せいぜい2、3ポーズ撮って終わりだろう。

 そばで見ていると、ほんのわずかに姿勢を変えてパシャリ。顔の角度を変えてパシャリ。立つ位置を変えてパシャリ。手の位置を変えてパシャリ。パシャリ、パシャリ、パシャリ。もひとつおまけにパシャリ。

 お〜〜い、写真集でも出すつもりか!私は心の中で叫んでいた。明らかに兄の顔にもそう書いてあった。それでも、言われるままにポーズを取り、カメラマンに「スマイル、スマイル」と言われて必死で笑顔を作っている。

 強烈なライトの光と熱で室内はむし暑く、だんだん頭がぼーっとしてくる。この撮影は永遠に終わらないだろう、そんな絶望的な気分に襲われだした。

 今度は二人が立って腕を組むポーズ。カメラマンが入念に二人の腕のからめ具合を調整する。

 「ノーノー。そうじゃない。」横やりがはいった。薄暗い部屋の隅からぬっと現れた男が二人に近づいて腕の位置を修正する。

 「この腕はこういう風にと。よし、これでいい。」満足げに又、部屋の隅に戻っていく。

 おおおっ、さっきの牧師さん!こんなとこで何してるんだ?なんで撮影にちょっかいだしてるんだ?よく分からんが、写真にはちょっとうるさい牧師さんなんだろう。

 ところで、私は何のためにここへ連れてこられたのか。そうだ、新郎・新婦と一緒に写真を撮りましょう、って話だった。それにしても、カメラマン、私の方に見向きもしない。

 私がその部屋に入ってから、さらに30分ほど経った頃、ようやくカメラマンは、新郎・新婦の撮影に堪能したようだ。さあ、私の出番だ。

 あらっ?その機材かたづけちゃうの?傘をひっくり返したみたいな奴、三脚も、ああカメラまで。あの、私は?私も写るんじゃなかったの?

 カメラマンは、本格的な撮影道具をすっかり片づけてしまうと、ちっこいおもちゃみたいなカメラを出してきて、「じゃあそこに並んで。ハイ。」パチリ。

 パチリって、おいおい、これだけ待たされて、私はそのチャチなインスタント・カメラで、一枚だけ?そこまで、あからさまに差をつけるか。新郎の親族だぜ、親族。パキスタン人は「お愛想」とか「体裁」とか「建て前」とか「気遣い」とか、そういう言葉を知らないのか?知らない。さよか。