1.パキスタン・インターナショナル・エアライン

 

 また、パキスタンへ行った。突然の軍事クーデターのために、銀行口座が凍結、手持ちの現金が底をつき、わずかな非常食も食べ尽くし、妻と乳飲み子を抱え、首都イスラマバードで路頭に迷う兄に、援助物資を届けに行ったのだ。

 というウソを思いつくはずもない、1998年、8月のことである。今回は実兄の結婚式もばあさんの葬式もない。3週間丸々たっぷりのバカンスだ。

 

 ところで、パキスタンの夏は「熱い」。どれくらい熱いかと言えば、日中の気温は50度を越え、湿度は90%に達し、もうどうにでもしてくれ、とやけくそになるくらい理不尽に熱い。しかし、夏のバカンスにそんなところへ行く奴もちょっとめずらしい。が、とにかく行ってしまったものは仕方ない。

 

 さて、今回の目玉商品は「ヒマラヤ・カシュミール1週間ジープツアー」だ。まず、イスラマバードからヒマラヤ山脈登山口として有名な町、ギルギッドまで一気に飛行機で飛ぶ。一気に、と言ってもJALで大阪ー東京間を飛ぶのとはわけが違う。なんせ6000メートル、7000メートルの山々がそびえ立つ山中を、この飛行機、なんと高度5000メートルで飛行するのだ。おまけに芸達者でお調子者のパイロットが、山肌を掠めるようにぎりぎりのところを飛んでくれるからたまらない。兄嫁があとで教えてくれた。

「依然この山中でね、ネパール航空のパイロットがちょっとよそ見したすきに山に激突して、乗客、乗員もろとも大破したことがあるのよ。いや〜ね。」

全く、いや〜ね、である。

 

 さて、いよいよ搭乗。ヨーロッパ路線では一生縁のないエグゼクティブクラスだ!あ〜楽しみだな・・・・っと、いけない、いけない、間違ってバスに乗り込んでしまった。いや、やっぱり飛行機か。なんだ、いきなり全席見渡せるぞ。プ〜ン。

おまけにハエまで飛んでいる。なにがエグゼクティブクラスだ。これじゃ、甲南女子大学のスクールバスの方が100倍ゴージャスじゃないか。まあいい。1時間のフライトだ。辛抱、辛抱。

 

 前の方ではスチュワーデスがお決まりの救命胴衣の説明を始めた。だ〜れも聞いていない。誰も聞いてなくてもそこはお仕事。にこやかに、ていねいに、「あ〜、めんどくさ」と心で思っても決して顔には出さないのがプロのスチュワーデス。のはず。が、このスチュワーデス、思いっ切りふてくされた顔で、思いっ切りおざなりに、酸素マスクを左右に一回ぶらんぶらんと振っただけで、さっさとひっこんでしまった。生粋のパキスタン人だ。

 

 飲み物を配り終えて、暇になったこのスチュワーデス、何を思ったか兄嫁の方に近づいてきた。実は兄嫁もこの航空会社の元スチュワーデスだったのだ。たまたま知り合いだったようで、なにやらうれしそうに騒いでいる。兄嫁が結婚退職してはや半年。積もる話もあるだろう。だからと言って、スチュワーデスが乗客の隣にドカッと座り込んでおしゃべり始めてどうする。勤務中だろうが。ったく、これで一般庶民の何十倍もの給料もらってるんだからな。

 

 スチュワーデスが兄嫁の隣に居座り続けて1時間。そんなことはおかまいなしに、飛行機はギルギッド空港に到着。空港といったって、な〜んにもない。四方を山に囲まれた平地というだけのことだ。

 田舎の駅みたいな小屋を通り抜けると、既に迎えの者が待っている。今回我々は専属ドライバー付きで2台のジープを1週間借り切ったのだ!

 

 専属ドライバーは、毎朝ホテルに客を迎えに行き、客の希望を聞いてはあっちゃこっちゃ連れて行き、夜再びホテルに客を送り届ける。まあ、これが日本の都会でなら、どうってことない仕事かもしれない。が、なんせヒマラヤ山脈である。半端なことではつとまらない。道路はもちろん舗装などされていないし、そもそも道路などと呼べるしろものではない。そこらじゅうに大きな岩がゴロンゴロン転がっているかと思えば、羊は群れるわ、牛は散歩するわ、ロバは荷を運ぶわ、ラクダは跳ねるわ、水牛は昼寝するわ、こうなったらカバでもサイでもかかってこい、の世界である。そんな、人と動物と大自然がほどよくミックスされたサファリワールドを、ここらへんのドライバーは、車の幅が通るとみれば、池であろうが、小川であろうが、山の斜面であろうが、どこへでも突っ込んでいってしまうのだ。