2.清く悲しく美しき動物

 

 そんな怖い者知らずのドライバーたちとのヒマラヤ1週間の旅は、ポロ見学で幕をあける。ポロ?なにもヒマラヤまで行って古着探しせんでも、って、いやボロじゃなくて、ポロ。そう、あの、イギリス紳士のスポーツと言われている、馬乗り版ホッケーのポロ。何を隠そう、このギルギッドこそがポロ発祥の地なのだ。と「地球の歩き方・パキスタン編」には書いてある。

 

 なんともラッキーなことに、その日、近くのスタジアムで全パキスタン(かどうかは知らないが)ポロ選手権大会の決勝大会が開かれるというではないか。これを逃す手はない。2台のジープに乗り込んで、いざ出発!

 ホテルをあとにして早2時間。行けども行けども山、山、山。ほんとにこんなとこにスタジアムなんかあるんかいな。と不安になり始めた頃、道行く地元住人の数が急に増えてきた。みんな同じ方向に向かって歩いている。間違いない。みんなポロ見学に行くんだ。スタジアムはもうすぐだ!

 

 お〜っと、いきなり見晴らしのいい場所にでたぞ。向こうの方に人の群が見える。あれがスタジアムだな。といってもたんに広〜い運動場があるだけだ。観客席なんて気のきいたものはない。みんなてんで好き勝手に周囲の空き地に座り込んでいる。我々も比較的きれいな草の上を選んで、よっこらしょと。

 

 キョピリーン、ヌギギリーン、ギュホホホーン。

な、な、なんだ?なんのサイレンだ?いや、そんな機械的な音じゃない。

 キョピリーン、ヌギギリーン、ギュホホホーン。

叫びだ。地獄の底からこの世の終わりを告げる悪魔の叫び声だあああ。

 「あれか?ロバや。」

ぼそっと兄がつぶやく。へっ?ロバ?いつも眠たそうな目をして、な〜んにも考えてなさそうな、あのロバ?あれがあんなすさまじい鳴き声をねえ。なかなか、動物の世界は奥が深い。

 

 さて、グラウンドの方では、馬に乗った両チームの選手たちがウオーミングアップ。しかし、ウェアも帽子もみんなバラバラだ。あれじゃ、敵と味方の区別がつかんのじゃないの、な〜んて素人が心配する必要はない。大阪市の人口の一万分の一ぐらいの住民しかいないこの村で生まれ、この村で育ち、村人以外の人間に会うことなど、一生に一度あるかないかの彼らだ。同じチームの選手の顔など眉毛の本数まで知り尽くしているはずだ。

 

 そうこうするうちに、1時間経過。試合は全く始まる気配もない。

 「いつまでウオーミングアップさせるんだヒヒーン!」

馬たちもしびれをきらし始めている。何してるんだ一体。選手が揃わないのか。調子の悪い馬でもいるのか。とっとと始めろ〜!

 

 ふと見ると、グラウンドに一番近い最前列中央に、パイプいすが10脚ほど並んでいる。はは〜ん、決勝大会だから村長さんとか地元の名士とかが見学に来るわけだな。で、その人たちがまだ来ないから試合が始められないのだろう。全く迷惑なこった。

 さらに待つこと1時間。ようやく小ぎれいなタウンエースが到着。中からは案の定、偉そうなおっさんたちがぞろぞろ降りてくる。あんたたちのせいでこんなに待たされたじゃないの。さっさと席について、試合、試合。

 

 が、偉いさんたちは大会実行委員らしき人たちと、挨拶したり握手したりで、いっこうに席につこうとしない。挨拶はもういいから、早く座れってば。ん?連中の中でも一番偉いそうな男が我々異邦人の存在に気がつき、近づいてきたぞ。

「オーミスター○○!これはようこそ。」

げっ!こんな山奥に兄の知り合いが?それもかなりのVIPときてるぞ。

「さあ、さあ、どうぞこちらへおかけ下さい。皆さんもどうぞ。」

VIPナンバーワンの一声で、既にパイプイスに陣取っていた側近たちがいっせいに立ち上がり、我々に席を譲ってくれる。いや〜、悪いねえ。そう?じゃあ、遠慮なく座らせてもらうとしようかね。お〜、楽ちん、楽ちん。馬も選手もよく見えるぞ。

 

 てなわけで、牛フン、ロバフンが散らばる草むらの上から、我々はいっきに特等席へと大昇進!地位と肩書きに滅法弱く、金とコネで全てが動くパキスタンて・・・いいなあ。

 ようやく待ちに待ちまくった試合開始。ドドドドドッ、ドドドドドッ。数十頭の馬が砂煙をあげて全速力で駆け抜けてゆく。ゲホッ、ゲホッ。お〜っと、球がこっちに転がってきた。それを追いかけ全員・全馬がこちらに向かって猛突進。ドドドドドッ、ドドドドドッ。キエ〜ッ、勢い余った馬が、我々の間に飛び込んできたあ!!ヒヒ〜ン!

 

 それにしても美しい。すべるように走っている。馬は、普通、前足と後足を二本ずつまとめて交互に動かして走るが、ポロの馬は4本の足を互い違いに前後させて走る。そうすると上下の振動が少なくなり、選手も球が打ちやすい。

 試合も中盤に近づいた頃、突然一頭の馬が何の前触れもなくパタ〜ンと横に倒れる。どうしたんだ?何かにけつまずいたのか?起きあがってこない。ぴくりとも動かない。馬は「ちょっと疲れてきたからペースを落とそう」とか「このへんで一休みしましょ」とか思わないらしい。最後の最後まで全力で走り続け、心臓の限界を越えるとそこでパタリと死んでしまうのだ。なんて健気な、なんて悲しい動物だ。それに比べてこちとら人間様ときたら・・・・

 

 「あの〜、お楽しみのところすいませんが、そろそろ帰りませんと。暗くなると道が危険なので。」

ジープで待機していたはずの我々のドライバーが、いつのまにやらそばに来ていた。そうだ、朝来た道を又もどらないといけないんだ。街灯もない。民家の明かりもない。日が暮れたら真っ暗けのけ。ただでさえ危険な断崖絶壁、デコボコ山道をジープのライトだけで走るなんて、そりゃ、怖すぎる。

 

「そう、そう、ドライバーさんの言う通り。帰ろう、帰ろう。」

腰を浮かしかけて兄を見ると、えへらえへらと試合に興じている。

暗くなると、危ないってよ。ねえ、ちょっと兄さん。

「大丈夫、まだ明るい。」

だから、暗くなってからじゃ遅すぎるんだってば。ちょっと、聞いてんの?

「お〜っ、すごいぞ、あの選手。ウホ〜!」

だめだ。地雷道を走り、砲弾の雨をかいくぐり、恒常的に戦争状態のアフガニスタンへ「ちょっくら出張」と言ってでかけてゆく兄には、並の「危ない」では効かない。結局、試合は最後まで観戦し、どうでもいいのに表彰式にまで立ち会ってしまった物好きな我々であった。