3.八方ふさがり大脱出
ギルギッドから我々はさらに北へ進路を取り、フンザ、グルミット、スストなどの村に立ち寄ったあと、中国との国境フンジェラーブ峠へと向かう・・・予定だったが、突然行く手を阻む大きな川。道路はそこで切れている。橋もない。向こうも見えない。なんだあ?どうなってんだ、これ。こんな川、地図に載ってなかったぞ。
実はこのあたりでは、こんなことは珍しくない。普段は「流しそうめん」みたいに山の上からちょろちょろ流れている雪解け水が、気温の上昇で「白糸の滝」と化し、道路を遮ってしまうのだ。仕方ない。ここでUターンだ。
途中のグルミット村では、子供たちがみんなニコニコ手を振っている。このあたりの村人はワーヒー人でインド・パキスタン系ではない。青い眼、金髪、白い肌。
少女たちが、顔の半分ほどを占める大きな眼をくりくりさせて、はにかみながら、じっとこちらを見ている。な、なんて愛らしいんだ!インド・パキスタン系の濃厚、芳醇、こってりビーフ味の美人も捨てがたいが、この乙女たちの可憐さときたらどうだ。どうだってこともないが。
しかし、彼女たちはこのまま自分の類い希なる美しさを自覚することもなく、この村で一生を終えるんだろうな。惜しい。実に惜しい。
惜しい気分を残して、我々は再びギルギッドへと向かう・・・予定だったが(今度はなんだ)ドライバーが途中で車を止めて、対向車のドライバーとなにやら話し込みはじめた。これだもんな。知り合いに出会ったら最後、客を乗せていようが勤務中であろうが、平気でぺちゃくちゃ始めるんだからな。
こらこら、いつまでしゃべくってんだ。なぬ?ここから先へは行けない?な〜に眠たいこと言ってんだ。また、洪水で道がなくなったって言うんじゃないだろうな。ここはカラコルムハイウェイだぜ。えっ?ストライキ?今度は川じゃなくて、人間が行く手を阻んでいるってか。
あとで聞いた話によるとフンザ村の公共事業の雇用の不平等をめぐるA民族とB民族の対立が原因らしい。要するに、B民族ばかりに道路工事の仕事が回されるのに怒ったA民族が「俺たちも雇わんかい!」と道路を封鎖して実力行使したのだ。
しかし、カラコルムハイウェイの真ん中で足止めくらって、一体我々はどうすりゃいいの?とにかく現場まで行ってみようぜ。ひょっとしたら通してくれるかも知れないじゃないか。
「ノー、ノー。絶対無理だ。近づいたら連中に何されるか分からない。車だって壊されるかもしれない。」
ドライバーは封鎖現場まで行くのを異常なほど恐れている。彼はB民族なのだ。それに我々のジープを追い越して行った車もみんな戻ってきている。やはり通れそうにない。そうこうするうちに日も暮れ始めてきた。こんなところで立ち往生していても仕方がない。とりあえず近くの村へ戻るしかないだろう。近くといっても、さっきのグルミット村が一番近くてここから2時間。あ〜あ、なんてこった。
グルミットのホテルに戻ってはみたものの、突然降ってわいたこの災難に、我々はみな苛立ち、あせり、殺気立っている。今一体どんな状況なんだ?道路封鎖はいつまで続くんだ?解除される見込みはあるのか?それまでずっとここにいるのか?
何か打つ手はないのか?・・・・・・
とにかく今夜のところはここで一泊するしかない。重苦しい沈黙の中で夕食をとっていると、団体を乗せた観光バスが到着。どやどやとホテルにはいってきた客は皆疲れ切った表情だ。彼らも道路封鎖でUターンしてきた口だろう。
団体客の添乗員の話では、今朝早く封鎖現場を通りかかったのだが、バスに乗ったまま十数時間拘束され、ようやくさっき解放され、ここまで戻ってきたのだという。やはり近づかなくて正解だった。ホテルのフロント係もあちこちに連絡を取り、現場の状況を調べているようだ。
兄嫁と兄嫁の姉のパキスタン姉妹は食欲がないと言って、早々に部屋にひっこんでしまった。残った我々日本人チームだけで、状況とは無関係に滅法うまいローストチキンをおおかた平らげ、山盛りのフライドポテトを惰性でつついていた時だ。
フロント係が血相変えて飛んできた。
「たった今連絡がはいりました。今から2時間だけ封鎖解除するそうです!」
2時間だけ!!ここからさっきUターンしてきた場所まで2時間。そこから封鎖現場まで30分。思い切り飛ばせば間に合う。すぐ出発だ。兄嫁たちを起こせ、荷物なんか適当に詰め込め、おっと、部屋のキーを忘れるな、しまった、夕食の支払いがまだだ、いくらでもいいから勘定してくれ、ぐずぐずするな。2時間すぎたら逆もどりだ。急げ、急げ、脱出だああああ!
上を下への大騒ぎでジープに乗り込み、猛スピードで飛ばし、現場へ到着。村人やらポリスやらに混じって武装した軍隊まで出動している。ものものしい警備の中、我々は無事バリケードを通過。脱出大成功!