6.決死の峠越え

 

 冷たい汗をたっぷりかいた我々を乗せて、ジープはどんどん坂を登り続ける。さっきの村がもう小さく見える。バーブサル峠の頂上だ。ところで、ここはどのくらいの高さなの、ドライバーさん。

「大したことないですよ、ただの峠ですからね。4563メートルです。」

ゲッ!日本一の富士山を余裕で越えてしまっている。さすがヒマラヤだ。

 などと感心している場合ではない。今度はここから下っていかねばならないのだ。車を運転するものなら分かるが、山道は上りより下りの方がはるかに難しい。頂上から見下ろすと遙か下方に大河がうねっている。道路などない。山の斜面を、比較的でこぼこのすくない部分を選んで車が走っているところが道になっただけのことだ。

 

 大きな岩の固まりを一つ、又一つクリアしながら、ジープはガッタン、ドッスンと上下前後左右に大きく傾ぎながら、そろりそろりと進んでゆく。前後に傾ぐのはまだいい。が、右側の車輪が大岩に乗り上げ、左側にグワ〜ンと傾いた日には、生きた心地などしない。なんせ左側にはガードレールも柵もないのだ。車幅ぎりぎりの道幅だから地面は見えない。直角に切り立った崖の下を流れる大河がダイレクトに視界にはいる。

 陽気なドライバーも今や完全に口を閉ざし、目つきは真剣そのものだ。わずかなミスも許されない。ひとたびハンドルをとられれば、真っ逆様に大河へ転落。ギシッ、ギシギシッ。ヒエ〜、ギエ〜。車が左に傾くたびに我々の絶叫が山々にこだまする。

 

 そんな時、前方からエンジン音。ウエッ!対向車?車がすれ違えるスペースなんかないぞ。とすると、道幅の広い所までどちらかがバックしなければならないのか。ゆるゆる前進するのが精一杯のこの道をバック?そんなバックな、いやバカな。

えっと、道路交通法では上りと下り、どっちが優先されるんだっけ、なんてパキスタンでは関係ない。強引に行ったもん勝ちの世界だ。ところが、腕に自信があるのか、やさしいのか、それとも単に気が弱いだけなのか、我々のドライバーはためらいもなく後退をはじめた。ちょ、ちょ、ちょっと待て、これ以上左によったらほんとにだめだって、おいおい。ゴゴッ、ガクン、ゴトン、ズズズズズッッッ、ギシギシギシ・・・・・

 

 やれやれ、すれ違い成功。全く、寿命が一年縮まったぜ。と、胸をなでおろしたのも束の間。またも対向車あらわる。こうして、目的地につくまでに、我々の寿命は年齢を遙かに越えるほど縮まるのである。

 車の振動で、頭は天井のパイプにぶつけるわ、岩のショックでおしりは痛いは、胃はもんどり返るわ、窓枠を握りしめた手はしびれるわ、おまけに、今度はどしゃ降りの雨攻撃。昨日の熱風と同様、窓のないジープの中にはジャバジャバと遠慮なく雨が振り込んでくる。つめて〜、寒い〜。

 雨はやむ気配もない。道がぬかるみ、危険度は100倍アップ。これで日が暮れて真っ暗になった日には、危険度はもう無限大。急げ、急げ〜。

 

 幸い、ドライバーの巧みな運転のおかげで、我々は日没前にナーラーンに到着。

寒さと緊張と疲労でよれよれになってぐっすり眠った翌朝、まだ寝とぼけていた我々は、ドライバーの言葉で一気に目が覚めた。

「昨日の朝、チラースのホテルを我々より先に出発したジープがあったでしょう。同じ会社なんですがね。昨夜ここに泊まるはずだったんですが、今朝になってもまだ着いてないんですよ。どうしたかなあ・・・・」