7月30日-7月31日

 

 出発の前前夜、勤め先から問い合わせがあった。外務省の情報に寄ればパキスタンには危険だと言うのだ。ファックスから吐き出されてくる感熱紙をもどかしく感じて引っ張り出してみると、次のような文面である。

 

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1. シンド州内陸部(モヘンジェダロ遺跡):注意喚起:治安情勢は安定しているものの、

渡航に際しては注意が必要

2. シンド州内陸部(上記以外):海外渡航延期勧告:強盗事件や車の強奪事件が発生

3. カラチ市(中央区及びその近辺):海外旅行延期勧告:テロ組織の一派の本拠地があ

り、同組織内部の争いに起因するテロ事件などが多発

4. カラチ市(中央区及びその近辺以外の地区):注意喚起:宗教関係者や治安関係者を

対象とした暗殺事件、強盗事件や車の強奪事件、誘拐事件が発生

5. 北西辺境州(ペシャワール市):注意喚起:爆弾テロ事件の他、強盗・殺人事件が頻

6. 連邦直轄部族地域:注意喚起:最近は沈静化しているものの誘拐事件が発生している

他、強盗・殺人事件が頻発。

7. パンジャブ州(ラホール及び同州都市部):注意喚起:イスラム教宗派間構想が原因

の殺人事件や列車・バスを対象とした無差別の爆弾テロ事件が発生

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 これを見れば多くの人が旅行を取りやめようと思うだろう。僕も最初はそうだった。上

の一覧はパキスタンの主要地域をほぼ網羅している。残るのはヒマラヤ山脈の横たわる北

方地域とバロチスターン州の砂漠くらいだ。パキスタンのほとんど全土が危険地帯と目さ

れているわけだ。だが、しばらく上の文面を眺めるうちに妙な事に気づいた。

 たとえば、1のモヘンジョダロ。「治安情勢は安定している」のに、なぜ、「注意喚起」

なのか? 2.のシンド州内陸部が「海外旅行延期勧告」になっているのはもっと理由がわ

からない。「強盗事件や車の強奪事件が発生」したとあるが、それはどれくらいの頻度で

発生したのだろうか? ここ数週間のうちに、二回も三回も起こったものなら、「頻発」

と言うはずである。実際、5. ペシャワールについてはそう書いてある。結局のところ、

シンド州全域をざっと見ると、最近、強盗事件と車の強奪事件が一件か、何件か起こりま

した、と言うだけのことなのではないだろうか? だとすれば、これはあまりの仕打ちで

ある。シンド州は北海道以上に広い。それだけの地域であれば、強盗事件や車の強奪くら

いは当然起こるだろう。つまり、2.シンド州内陸部に関する記述は、札幌市で強盗事件と

車の強奪事件が発生しただけで、北海道全域を危険地域としているようなものなのである。

本来、必要とされているのは、どの地域で犯罪率が高く、具体的にどのような行為がトラ

ブルを引き起こす恐れがあるかについての情報である。だが、上記の一覧表ではそれが全

くわからない。シンド州内陸部にしてもそうである。本来なら、「かなり危ない地域」や

「ほぼ安全な地域」などが入り組んでいるはずである。それを平均化して「危険度2」と

しても仕方がない。だが、そうした詳細な情報は外務省のホームページ>>httP://www.mo

fa.go.jp/mofaj/にアクセスしても入手できなかった。

 

 とはいえ、いずれにしても旅行は行うことにした。というのも、この外務省の情報が平

成10年4月14日付け!!!のものだったからだ。つまり、僕たちがゴールデンウィー

クにカラーチーに行った際、すでにこの街は「危険度2:海外旅行延期勧告」だったのだ。

だとすれば、「危険度2」の具体的状況は良く理解できる。毎朝、新聞を読むと何人かが

射殺されており、運がひどく悪ければ、銃撃戦に巻き込まれることもあり得る、というこ

とだ。しかし、それなら日本でも毎日、新聞にも載らないけれども、かなりの人数が交通

事故死しており、運がひどく悪い場合、車に轢かれて即死することもあり得る。だから、

もう少し交通事故に遭遇する確率の高い国に行くのだと考えれば良いのだ。僕は勤め先に

電話して旅行を中止しない旨を伝えた。

 それにしても、僕の勤め先は何を考えて、いきなり「外務省海外旅行危険情報」を送り

つけて来たのだろう? 前回の旅行の時には何も言ってこなかったのに。そこまで考えて

答えがわかった。あのタジキスタン事件の影響らしい。だが、隣のタジキスタンで秋野氏

が殺されたからと言って、パキスタンが急に危なくなるわけでもないのに、何ともはや、

国際音痴も極まったという思いだった。

 そして、翌日、僕は不安な思いで一日を過ごした。何時勤め先から電話がかかって来て、

旅行を中止しろと命令されるかとおびえていたのだ。幸いそれは杞憂に終わった。