8月3日(月)

 朝目覚めると九時を過ぎていた。義兄はもう仕事に出かけたようだ。Cちゃんはまだ眠

っている。僕たちの寝室に隣接する、広い食堂にも誰もいなかった。日本からもってきた

本を読み始める。関空からイスラマバードに至る、30時間あまりの移動は、恐ろしいほ

どの疲労をもたらす。昨日と今日は、その疲れを癒す予備日みたいなものだ。少し本を読

んでは、すぐにうつらうつらとし、ふと我に返っては文字の列を再び追い始める、そんな

風にしているうちに、時間は過ぎ、一時を回った頃に、義兄が昼食をとりに帰宅してきた。

「どっか買い物に行く?」

 昼食を食べ終えると、義兄が尋ねた。事務所への帰りがけに、マーケットまで送ってく

れると言う。僕たちは一瞬迷った。前回の旅行の時には、一度も街中を僕とCちゃんの二

人きりで歩き回ったことはなかった。ほんの一瞬、大丈夫かな、と不安になる。けれども、

明日からは二人でクエッタに行くことになっているのだ。そんな弱気でどうする。僕たち

はマーケットに行くことにした。

 義兄の白い車が視界から消え、広場を囲むようにして、背の低い店舗が立ち並ぶジンナ

ーマーケットに二人で取り残された時、僕たちは迷子のように途方に暮れた。ということ

はなかった。それは拍子抜けするほど、平和でありふれた光景だった。日差しが強くて、

鋪道がまぶしく、店のことごとくが薄汚い。ただ、それだけのことだ。本屋で土産物にな

りそうなノートを買ったり、「All only 800 rs」と張り紙をされた服屋で、綺麗な刺繍

の入ったシャロワ・カミーズを買ったりして時間を過ごす。値札に書かれた数字に3を掛

けて、日本円に換算するという作業を除けば、日本で買い物をするのと変わらない。僕た

ちは、そのあまりに日常的な行為に、すぐ飽きてしまった。

 その夜、義兄の家で、パーティーが催された。お客はイギリス人の社長夫妻と、国連に

勤める女性、それにその女友達。もちろん、会話は全て英語だ。ブリティッシュ・イング

リッシュは聞き取り易いなどという、馬鹿なことを言ったのは誰だ。僕は、発言者を求め

る教師と目を合わせないように、ひたすら俯いたままの学生だった。Jが手作りしたマン

ゴーのアイスクリームがおいしかったことだけを覚えている。時間はひたすら邁進し、少

しもブレーキが掛かる気配はなかった。