8月9日

 

 イスラマバード飛行場は強い日差しに晒されて、真っ白に輝いていた。けれども

、僕の顔は輝くどころの話ではなかった。今から乗り込もうとする飛行機は、プロ

ペラ機で、搭乗すると、機内はまるで路線バスみたいに小さかった。こんなもので

飛ぼうというのか! 僕は飛行機の屋根にピアノ線が付いていることを祈ったが、

そんなものが付いていても、どこからつり下げようと言うのか。プロペラが不気味

なうなり声を上げだした。驚いたことに、前に進まない。もうプロペラは全力回転

してるではないか。なんという非力! そう思った途端に、ガクンと揺れて、突然

飛行機は走り出した。あっと言う間に、機体が浮かぶ。僕は初めて空気が粘っりこ

いものだということを知った。窓から見ると翼がしなっていた。

 イスラマバードからギルギットまでは、わずか一時間あまりのフライトだ。その

僅かな行程の後に降り立つのは、澄んだ空気と水に囲まれたカラコルム山脈の奥地

のすばらしい秘境、のはずだった。しかし、飛行場を出た途端、僕たちは、そこに

展開しているのが、何の変哲もない汚い街でしかないことに気づいた。遠くに見え

る山々、足下を流れるギルギット川、それらはどれも美しい。けれども、街はすっ

かり観光地化していたのだ。もちろん、日本の温泉街やヨーロッパの名所のような

小綺麗な街、というわけではない。狭い道を挟んで商店がぎっしり建ち並び、路上

をロバや牛や人が行き交う。辺り一面砂埃だらけだ。初めてパキスタンに来た人な

らば、きっと異国情緒たっぷりだろう。けれども、そんな街ならイスラマバードに

あちこちにある。

 当初、このギルギットで最高級のホテル、セリーナ・ギルギットに連泊すること

にしていた。だが、値段の割にたいしたことのないホテルだ。僕たちは近場の名所

を見たり、街の商店街、カシュミール・バザールを覗いたりした後、翌日から泊ま

るところを探した。すぐに手頃なホテルが見つかった。改装を終えたばかりで綺麗

なうえに、宿泊費はセリーナの三分の一位だ。支配人が明日から泊まってくれるな

ら、屋上でお茶でもどうぞ、と言ってくれた。もちろん、喜んでごちそうになる。

屋上から、遠くを眺めていると、妙に薄汚れた感じで山々が煙っていた。「あれは

霧か?」と支配人に尋ねると、

 「大気汚染だ。観光客の車が沢山来るから空気が汚れてるんだ。」

 排気ガスとゴミと砂埃と観光客にまみれた秘境、それがギルギットだった。