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 「え?」

 島田が穏やかに、しかし、決然と拒絶の声を発した時、その返答は瑤子には全く予想外ものだった。

「僕はね、妻を愛しているし、その関係を壊すつもりはないよ。」

 そして、島田はグリンピースのポタージュを口に運んだ。

「でも、私はあなたの奥さんになりたいわけじゃないわ。」

「それは分かっている。君はセックスを、会話と同種のコミュニケーションの一手段と見なしているんだろう。もちろん、会話と同じだというわけではないけれど、昔風に恋人や配偶者だけとするものだとは考えない、いわば親しい友人関係の中で、セックスを除外する理由が君にとってはないわけだ。それは分かっているよ。」

 瑤子はナプキンで口を拭って反論した。

「じゃあ、私とそうしたって、奥さんとの関係は壊れないんじゃないの? 私は正しく親しい友人として、あなたと寝たいだけだし、そのつもりで部屋をとったのよ。」

 島田の方はスープを飲み終えて、

「つまりね、僕にとってはセックスは親しい友人関係ではなく、恋愛関係か夫婦関係の中で行われるものなんだ。で、そういう考え方の僕が君とセックスした場合には、僕の側から夫婦関係が崩れることになる。」

「まさか、私に夢中になるということじゃないでしょう。」

「妻と出会っていなければ、それもあり得たかも知れない。君は仕事のパートナーとして優秀なばかりじゃないからね。だから、こうして一緒に食事を楽しめる。けれども、後に仕事が残っているのでなければ、やっぱり妻と食事をしたい。夕食が彼女との唯一の食事だから。結局のところ、それと同じことなんだ。セックスにしても、他の人とより、妻としたい。だから、一緒に暮らして居るんだよ。それに……、」

 ボーイがスープ皿を下げて、ステーキを置いて行った。

「それに、何?」

「やっぱり、友人と裸で向かい合うのは、僕にとっては苦しいね。」

 島田が思いもかけなかったほど暗い顔をしたので、瑤子は少し慌てた。

「なんだか、妙に食い下がっちゃったわね。拒まれるなんて思わなかったから、楽しみにしてたせいで……。それに、ホテル代もちょっともったいなかったりして。」

 島田の顔はゆっくり緊張を解いて、笑顔になった。

「あは。確かにそれは惜しいことをした。今からじゃ手遅れかな? キャンセル。」

「いいわ。食事、おごってもらったんだから。」

「こんなステーキハウスで? そんなもので割が合うの?」

「まさか。」

 

 二人はステーキを食べてしまうと、食後のコーヒーを飲むために喫茶店に移った。

「七時か。昼休み、いや夕休みが終わりそうだ。」

「社長がそんなに小心でどうするの。」

「でも、君は経営の中枢近くにいるとはいえ、社員だろう。」

「秘書は社長について廻るのが仕事よ。」

「何時から秘書になったんだい?」

「だったら楽なのにと思っただけよ。」

「あは。企業経営に大きな影響力をもち、四カ国語を駆使してキーボードを打つ秘書! おまけに、お茶も汲んでくれるのかい?」

「とんでもない。忙しいんだから、こっちが手伝ってもらいたいわ。大学の先生だったんでしょ。十カ国語できるんでしょ。」

「辞書と首っ引きでね。それに三つは古語だよ。今やっているのも、古代ギリシャ語だしね。」

「今でも研究してるの?」

「ぼちぼちとね。最近はインターネットでほとんどの古写本が手に入るんだ。プリンストン大学やオックスフォード大学の電子図書館なんかすごい。彩色写本の写真を高画質で提供している。」

「そんなのが読めると良いわね。」

「全く読めない。」

「まさか。」

「羊の皮に葦のペンで書いた字だよ。太くて読みづらいし、vとuとかjとiの区別もないし、おまけにアルファベットにない文字まであるんだ。」

「良くそれで大学の先生やってたわね。」

「ちゃんとアメリカやフランスの偉い先生たちが、読めるようにしてくれている。ハイパーテキストの校訂本も一緒に閲覧できるんだ。読むのはそっちのほうだよ。」

 島田は溜息をついた後、続けた。

「大学にずっといれば、古文書学を習いに行けたかも知れないのに、残念な話だよ。で、仕方がないから、ミニアチュールを眺めているんだ。」

「それが研究?」

「とんでもない。そのミニアチュールを模写するんだよ。」

「ばかばかしい。」

「あはは。もう出ようか。仕事だよ仕事。」

「社長と一緒だとさぼることもできないわ。」

 

 部屋に戻ってくると、コンピューターは韓国支社のプロジェクトをもう翻訳し終えていた。瑤子はできあがった書類に目を通し始めた。リフレッシュしたせいで、仕事がはかどる。訳におかしなところがあれば、原文にあたってチェックする。それが彼女の当面の仕事だ。極秘の文書だから他の社員には任せられないのだ。ひと昔前のようにハードディスクが「硬いレコード」などと訳されていることはないから、チェックはそれほど大変な作業ではない。だが、訳語の決定は今の翻訳ソフトでも最も難しいところであり、勘所でもある。

 今日では構文の決定は翻訳ソフトの仕事ではない。それは、構文確定ソフトの仕事だ。翻訳が必要なことがあらかじめ分かっている場合には、ワープロをマルチ=リンガル・モードにする。すると、構文確定ソフトが入力された単語の文法機能を自動的に判別して、ある種の制御記号を見えない形で文章に織り込む。それに基づいて翻訳ソフトは訳文を作るのだ。

 むろん、全ての文章の構文確定に自動処理が可能なわけではない。たとえば、翻訳ソフトの欠陥をあざけるのにかつて良く引き合いに出された、Time flys like arrow. を「時間蝿は矢を好む」とすべきか「時間は矢のように飛び去る」とすべきかで迷った場合、構文確定ソフトは動詞を確定するよう書き手に求める。とはいえ、今ではそんな成句は「光陰矢のごとし」と翻訳ソフトの側だけでも訳すことが可能だ。それに、そもそも arrowには冠詞も複数の-sもないのだから、「矢を好む」という選択肢は構文確定ソフトにとっても存在しない。その程度の文法知識はとっくにソフトの中に取り込まれているのだ。

 つまりは分かりづらい文章を書かない限り、構文は自動的に確定されていく。結局、書き手にとっても、この構文確定の作業はそれほど煩わしいものではないし、それに、自分の文章をチェックする手段ともなる。そして、できあがった文章は、翻訳ソフトを通されてもおかしな誤訳を引き起こさなくなる。

 まさに良いこと尽くめなのだが、この発想の転換には最初大きな抵抗があった。ソフトが市場に出回らないうちに、書き手の負担を強調する記事が雑誌をにぎわしてしまったのだ。だが、徐々にこの着想の価値は認められ始めた。というのも、あらかじめ複数の言語に訳されることの分かっている文書は思いのほか多いからだ。たとえば、コンピューター関連のマニュアルや、国際企業の社内文書などがそうだ。そうした文書を作る担当者は翻訳の大変さをよく分かっているから、世評に怖じ気をふるうことがなかった。それに、構文確定ソフトは仮名漢字変換ソフトに相当する位置づけを与えられており、ワープロ・ソフトはそのまま使えたから、駄目でもともとという気楽さで試してみることができた。そして、実際に使ってみれば手間は言うほどでもない。翻訳ソフトは極めて順調に翻訳を進め、ほとんど間違いがない。その情報が口コミで広がり始めた頃には雑誌の評価も完全に逆転していた。

 これがHOKUSAI社社長、島田茂一の最初のサクセス・ストーリーだ。今では、構文確定ソフト、商品名マルチ=リンガルは驚くべき程の普及を見ている。どのワープロでも標準添付だ。女子高生の日記まで多言語翻訳できるようにするのは無駄に見えるが、構文を尋ねられるのは、間違いがあるか、文章が難解すぎるということだから、マルチ=リンガルは推敲ソフトにもなるのだ。最近では、女子高生の間でマルチ=リンガル文通というのもはやっている。マルチ=リンガル・モードで作った手紙を、翻訳ソフトに通して、たとえばスペイン語に直す。受け取った相手もそれを翻訳ソフトに通して日本語に直す。翻訳ソフトは自分で作る文章の構文を完全に確定しているから、誤訳はないだろうが、それは無意味だ。瑤子は最初その話を聞いた時には笑ってしまった。だが、そこに違法コピーされた翻訳ソフトが絡んでいるとなると、笑ってばかりもいられない。多くの場合そうした違法コピーの出所は学校なのだが、教育目的でのコピーということで、なかなか解決の難しい問題なのだ。

 変わったところでは、最近文学作品のマルチ=リンガル文書化が進んでいる。島田の言うところによれば、「これが研究になかなか役立つ」のだそうだが、どんな風に役立つのかは瑤子には分からない。けれども、大学で文学を教えていた社長の言うことなのだから間違いないだろう、と思っている。

 

 島田が最初にHOKUSAI社に関係をもったのは、二〇代半ばの頃だ。その頃は予備校の講師だったのだが、極めて独創的な言語論に基づく国語の参考書を作り上げ、大ヒットさせた。受験生だけでなく、大学人や社会人にも売れ、出版二年も経たないうちに預金が数千万を越えたほどだった。島田はその金を同じ予備校の元英語教師だった友人の会社に投資したのだ。それがHOKUSAI社だった。たった三名の社員とともに会社を作った先代社長は優れた翻訳ソフトを開発してまずまずの成果を上げた。だが、ようやく社が成長を始めた頃に、急死した。交通事故だった。島田はその頃すでに大学教員になっていたが、ちょうど契約更改の時期だったこともあって請われるままにHOKUSAI社の社長になった。

 誰も期待してはいなかった。故社長の懇意の友人にして初代出資者。島田が社長に迎えられたのはただそれだけの理由によるものだった。小さな会社だったので、勢力争いで社が分裂するのを避けるために、中立的な立場の社長が必要だったという者もいる。だから、最初島田がマルチ=リンガルの企画を持ち出した時にも、社員の反応は冷ややかだった。

「とにかく大人しくしてくれ。」

 初代社員の一人はあからさまにそんなことを言った。だが、その頃にはそれほどコンピューターの知識がなくてもソフトを作ることが可能になっていた。島田は独力でプレ・マルチ=リンガル――英語・独語・仏語版――を作り上げた。むろん、それに対応する翻訳ソフトは一つも無かった。だが、その熱意に今度は社員の方がほだされた。プレ・マルチ=リンガルは専門職員に徹底的に手を加えられ、さらに対応翻訳ソフト数種も開発された。初代マルチ=リンガルは英・独、英・仏、英・日の三つの双方向翻訳ソフトと同時発売された。翻訳ソフトの数が少なかったが、翻訳精度が高いため、クロスさせることで、独・日、独・仏、仏・日の双方向翻訳も同時に実現されることになったのだ。発売までに足かけ三年を要したが、その奮闘は充分な成果をあげ、社は急成長を遂げた。瑤子はその頃に外資系保険会社からヘッド・ハンティングされてHOKUSAI社にやってきた。

 

 瑤子は仕事をしている間に、少し先のレストランでのことを考えた。やはり残念だ。彼のことをもう少し知りたかったのに。しかし、いつのまにか仕事に没頭したらしく、気が付くと、時計はもう十時をまわっていた。瑤子の仕事は終わった。後数分もすれば社長が顔を出すだろう。彼女が仕上げた書類はすぐに転送され、島田は自室でそれをチェックしているのだ。煙草を吸い終わったころに、ドアがノックされた。

「今日は本当にすまなかったね。こちらの都合で残業させてしまって。約束通り明日はオフで良いよ。」

「明日は学会?」

「ああ。時代に取り残されるからね。」

「いずれは、大学に戻りたい?」

「できればね。最初はマルチ=リンガルが完成したら大学に戻るつもりだったんだ。」

 瑤子は少し迷った後、言った。

「……せめて、少しお酒を付き合ってもらえない? それとも奥さんが待ってる?」

「もう眠っているよ。朝が早いから。学会は九時からなんだ。」

 島田の妻は大学教員だから、学会には夫婦で行くのだ。

「九時までに仙台に行くの? じゃあ、もう帰らなくちゃね。」

「いや、実は僕もホテルをとっているんだ。」

「僕もは、ないでしょう。僕もは。」

 瑤子は目だけ笑ってむくれた顔をして見せた。

「あはは。ともかく一時間ほどなら付き合うよ。」

 

 社の前に通りがかったタクシーを拾うと、二人は行きつけの店に向かった。島田は二年前から雇っていた運転手とボディー・ガードを数週間前に解雇した。今はタクシーで通勤している。首に鎖をつけられているみたいで嫌だ、というのがその理由だ。もちろん、これには瑤子を含む役員たちのほとんどが大反対した。日本の治安は世界最高の水準にあるが、それでも、誘拐が起こらないわけではないからだ。今日、企業のトップが顔写真を含めプライヴァシーを一切公表しないのはそのためだ。奇妙なことにたった一人、仙台の研究所所長の寺尾だけは島田に賛成した。

「衛星電話には緊急警報装置と発信器が付いているんだ。それほど心配する必要はないじゃないか。」

 もちろん他の役員と同様瑤子も納得できなかった。寺尾が学生時代「馬車馬」と呼ばれていたことは本人から聞いて彼女も知っていたが、、そのあだ名は的を射ていると思った。緊急警報装置の性能ばかり見て、警報装置で誘拐が防げるわけではないということに全然気づかないのだから。瑤子はそんな風に考えて、苛々した。他の役員も同じように感じたのだろう。皆不満の溜息をついた。だが、島田が押し切った。誘拐された場合は、自身の資産から身代金を払うと言って、議論をうち切ったのだ。

 

 店は高層ビルの最上階にあるラウンジで、重い木製の扉を開くとマイルス・ディヴィスのカインド・オブ・ブルーが流れていた。店の一角を占めるゴムの木は僅かの間に一層大きくなったように思えた。客はまばらだ。

 瑤子は席に着くなり、グレン・ファークラスの水割りを立て続けに二杯飲んだ。一杯目のマッカランをまだ大方残している島田が腰を浮かして言う。

「おいおい。そんなに慌てるなよ。」

「一時間で、独り寝が寂しくないようにするんだから。」

 冗談のつもりだった。なのに、ひどくさもしい声が耳に響いた。もとより、瑤子は酒には強い方なので、薄いスコッチ二杯で酔うはずもない。島田もそれを知っているから、心配してと言うよりも、軽口として先の言葉を言ったのだ。それだけに今の声の色に困り果てた顔をしている。瑤子自身、自分でも訳がわからず、パニックだった。だが、それを押し隠し、顔に笑いを浮かべて言った。

「ねえ、今のドキッとした? うまいもんでしょ。大学時代、演劇部にいたのよ。」

「あは。本当にびっくりしたよ。」

 一瞬こわばった島田の顔が弛緩する。だが、もう限界だった。パニックを抑え切れない。ひどい悲しみが、胸の奥から喉にかけて盛り上がってくる。

「たとえばね、こんな風にいきなり涙も流せるのよ。」

 頬を涙がつたった。

「おいおい。」

 島田が今度は本気で腰を浮かせた。カウンターの向こうのバーテンは素知らぬ顔をしてコップを洗っている。瑤子はストゥールから降りて言った。

「ゴメン。もう帰ろう。今日は調子が狂ってるわ。大丈夫。明日には、あ、違う。明後日には、元に戻ってるから。」

 

 島田はホテルまで送っていくと言ったが、瑤子は断った。一人でタクシーに乗り、ホテルにチェックインすると、ルーム・サーヴィスでウィスキーと氷を運んでもらった。先の顛末に驚いてはいたが、やけ酒をあおろうなどとは思わなかった。ただ、オン・ザ・ロックを静かに飲みながら、広いベットの上で物思いに耽っていた。自分と社長との隔たりを考えていた。

 瑤子はセックスを男女の友人関係の上で最上のコミュニケーションだと考えている。だからこそ、島田の妻とも面識がありながら、何の罪悪感もなく彼を誘ったのだ。セックスなんて、一緒に快感を味わうスポーツみたいなものでないか。テニスと変わらない。ところが、島田はそうは思わないのだ。

 なぜだろう?

 分からなかった。もちろん、理屈では分かる。彼くらいの年代以上の人間はそう思うものなのだ。たった五年ほどの年齢差は、時に、道徳観に大きな違いをもたらす。分からないのは、むしろ自分のことだった。セックスをめぐる考え方が、自分と島田とで全く違うということが、瑶子を寂しいような悲しいような気持ちにさせた。本当の意味での友人関係をあらかじめ閉ざされたような、自分と彼との関係に何かが押しかぶさってくるような逼塞間を感じた。

 奥さんはどうなのだろう。瑶子は考えた。フェミニズムにも詳しい人だから、社長とは考えが違うかも知れない。大学の先生と言っても、眼鏡をかけたガリガリの女性ではなく、とても魅力的な人だ。もし、私と同じ考え方をしていたら、…… ありえない。あの人がそういう考え方をもっているのなら、きっと社長にもそのことを話すに違いない。

 でも、社長がそれを黙認する人だとしたら? 瑶子は何度か、セックスをめぐる奇妙な体験を島田に話したことがあった。だが、彼は眉をひそめることもなかった。瑶子が自分の考え方を話しても頷きながら耳を傾けてくれたものだ。だからこそ、今日拒否されるとは思ってもみなかったのだ。

 彼は相手のフリーセックスを容認し得るような人間なのだろうか?

 いや、そんなことはないはずだ。瑶子は、自分の考え方を初めて話した時のことを思い出した。非難のニュアンスが全く感じられない具合にではあるけれど、島田は「セックスをそんな風に考える人がいるとは知っていたが、まさかこんなに身近にいるとはね」と目を丸くしたではないか。

 けれども、と瑶子は思った、奥さんの方は、彼の考え方を知っていて、フリーセックスを避けているのかも知れない。彼と知り合う前はどうだったのだろう。やはり彼と同じ考え方だったのだろうか。まさかご本人に聞くわけにも行かない。きっと、ご迷惑だろう。明日お二人が行くのは学会だけど、きっと、小旅行のような気分を味わうに違いない。そんな幸せなところに、妙な女がしゃしゃり出ては申し訳ない。社長も、浮気をきっぱり拒んでおきながら、そんなトラブルに巻き込まれたら、きっと困るだろう。

 それにしても、どうして社長はああいう考えしかできないんだろう。別に奥さんとの関係をぶちこわそうと言うわけじゃないのに。あんな美人の奥さんと張り合おうなんて気は全くないのに。明日はきっと、小旅行のような気分を味わうんだ。どうして、私じゃ駄目なんだろう。社長は古すぎる。私とは五歳足らずしか離れてないのに、全然、言うことが古いんだから。奥さんはきれいな服を着て、社長と一緒に新幹線に乗るのよ。

 そうだ、私も明日仙台に行ってやろう。仙台と言えば、先代社長には奥さんはいなかったのかしら。社長の奥さんと言えば、やっぱり綺麗な人だわ。一緒に新幹線に乗るの。社長は古いんだから、在来線で充分なのよ。その間に私が新幹線で仙台に行って、すると、美人の奥さんは驚くだろうなあ、やっぱり。綺麗な服着て。

 

 大声で笑う自分の声に、瑤子は意識を取り戻した。寒々とした頭に尿意がよぎる。テーブルにグラスを置いて、トイレに立つ。立てるはずだった。しなだれかかるように、ノブにしがみつき、ようやくドアを開けたときには、目の前の便器に延々と吐き続けていた。