十三、

 

 コピーの声で目が覚めた。時計を見ると、もう八時を廻っている。大慌てで着替えと化粧を済ませ、部屋の扉を開けると、コピーは廊下の窓から遠い海を見ていた。

「お早う。いい天気だね。」

 瑤子は苛立ちを感じながら答えた。

「早く、社長を捜さなくちゃね。」

 すると、コピーは満面に笑みを浮かべて言った。

「また手がかりが見つかったんだ。記憶だけに頼ったのがいけなかった。この街も随分様変わりしているからね。今朝街に降りたらね、最後に来たときには釣具店だったのが、今では間口を広げてキャンプ用品も扱うようになってたよ。一昨日の店主、客を取られて悔しかったから、わざと知らないふりをしてたんだね。で、そこに行ったら、僕そっくりの男にテントを売ったって言うんだよ。」

 瑤子は、かっと顔を熱くして、

「そっくりなのはあなたの方で、社長の方じゃないわ」

 と声を上げそうなほどになった。さすがに、コピーも彼女の顔色に気付いて尋ねる。

「どこか、具合が悪いのかい。」

 その心配そうな顔に、一層苛立ちがつのったが、努めて冷静な声で、

「ちょっと眠りすぎたせいよ」

 と瑤子は言った。

「ともかく、これを食べると良いよ。多分疲れてるだろうと思ってもって来たんだ。」

 コピーはバスケットに詰まった朝食を差し出した。こんな気遣いまでが島田そっくりなのだ、彼女の苛立ちは極限状態に達し、

「お腹なんか空いてないわ」

 と喉まで出かかる。だが、声よりに先に、他ならぬ、その「お腹」が声をあげたのだ。コピーは気付かなかった振りをしながら、バスケットを彼女の手に押しつけると、隣室に戻っていった。瑤子は真っ赤になりながら、その真っ赤になっている自分に腹を立てた。なぜ、恥ずかしいのよ、機械なのに。だが、昨日の夕食も疲れであまり食べられなかったから、朝食をごみ箱に捨てる思い切りはもてなかった。

 サンドウィッチとリンゴージュースの食事が済んだ頃、ボーイがコーヒーを持ってきてくれた。コピーがフロントに電話をしたのだろう。瑤子は煙草を吸いながら、自分の不機嫌を持てあましていた。コピーは島田の経験と知識を受け継いでいるのだから、自然に振る舞えば島田に似る、それは当然のことだし、オリジナルそっくりだからとコピーに腹を立てるのはお門違いだということも分かっていた。だが、苛立ちを抑えられないのだった。瑤子は煙草を立て続け三本吸うと、コピーの部屋に向かった。

「キャンプ場に行って見ましょう。昨日見落としたかも知れないから。」

 瑤子は、扉を開いたコピーを見るなりそう言った。

「いや、キャンプ場は隈無く探したよ、問題の河原もね。」

 瑤子は自分の立てた計画が、コピーによっていとも容易く実行されてしまっていたことに、意味もなくまた苛立った。

「じゃあ。どうするの。」

 自分の言葉に刺々しさを感じる。

「今日はまだ疲れているようだからホテルでゆっくりしてくれて良いよ。僕は羅臼岳に登ってみる。登山道のそばに何カ所かテントを張れる場所もあるからね。頂上まで行って帰ってくるだけなら六〜七時間ほどだから、夕暮れまでには戻って来れるよ。」

 その言葉を聞いて、あらためて彼の出で立ちを見ると、すでに山行きの服装だ。ソファの脇には運動靴が揃えられている。瑤子が眠っている間に計画を練って、すっかり用意を整えていたわけだ。彼女は出し抜かれたような気になって、思わず声を荒げた。

「それなら私も行くわよ。あなたを預けた寺尾さんに責任があるんだから。」

 機械の癖にそうそう一人で判断を下されたんじゃたまらないわ。その時コピーの顔を見なければ、その言葉まで瑤子は言い放ってしまったかも知れない。「彼」の顔は傷口そのものだった。「彼」は瑤子に感じていた違和感の正体をはっきりと見極めたのだ。憤激が表情の上に波だっては静まる。だが、怒りの静まった顔には、惨たらしいほど自制心の力が漲っている。瑤子は目を背けたかったが、それはフェアではないような気がした。波立ちと静まりは繰り返し続けた。肉体的な暴力もあり得た。寺尾氏は「彼」の規制を全て外してしまったのだから。

 しかし、「彼」はあっさりと緊張を緩め、

「いや、一応、君の分の装備も買ってあるんだ。疲れていると思ったから、一人で行くと言ったんだよ。時間の余裕があまりないから、すぐ着替えてくれないか。」

 「彼」はソファの向こう側の紙袋を持ち上げると、瑤子の方に差し出した。