二、

 

 幾重にも重なった無数のアルミ円盤が軽やかな音を立てて巡っていた。むろん、音は分厚いガラス板の向こう側に閉じこめられているのだから、それは島田の想像に過ぎない。だが、本来なら実在し得ない、彼のドッペルゲンガーは眼前の宙に横たわっていた。最先端の技術を用いたアンドロイド、それがその正体だ。有機質の素材にくるまれた、その無機物はしかし、死体を思わせる程までに生き物だ。培養液の中で、浮かんでは沈む自分のコピーを見ながら、島田はそう思った。東南アジアの半導体が世界市場を席巻し、九割のシェアを誇るようになった今日でも、日本でしか生産できないほどに精密なランダム・アクセス・メモリーをテラ単位で内蔵したコピーの頭脳は今は空白状態――タブラ・ラーサだ。そして、それはガラスの向こうのハード・ディスクも同じだった。

 

 同じ部屋で、腕を組んでずっと黙っていた寺尾が言った。

「自分そっくりというのは気持ち悪くないか?」

 島田は振り返り、寺尾の言いたいことがよく分からないといった風に首を傾げた後、答えた。

「自分で自分を見ることはできないからね。何から何までそっくりだということに実感がわかないよ。鏡で見た自分と、今、目の前にいるあいつが、瓜二つだとは思えない。君の方が気味が悪いんじゃないのかい?」

 何も浮かんでいない、もう一つの水槽の方に背をもたせかけている、寺尾の顔色は、実際あまり良くなかった。

「正直言って、一人の人間の生きてる姿と死んでる姿を同時に見るのがこんなに気持ち悪いとは思わなかった。」

 本物のドッペルゲンガーが現れた場合にも本人よりも、第三者の方がショックを受けるのかも知れないな。島田は思った。

「じゃあ、君の精神衛生のためにも、隣の部屋へ引き返そう。」

 島田は培養液に浮かぶ自分の死体をもう一度ちらりと見てから部屋を出た。

 

 人通りの全くない広々とした廊下を寺尾の個室に向けて歩く。この建物に入ることのできる研究所員はほんの十数人だ。建物には窓もなく、出入り口もコンピューター制御による出入者管理システムを備えた二つしかない。おまけに全室が常時施錠されており、あらかじめプログラムされた人間しか入れないようになっている。むろん、盗聴対策も万全だ。また、寺尾と島田を除く全所員は、本人の同意のもと催眠術がかけられており、建物の外に出たとたん、自分がどんな研究や作業を進めていたのかを完全に忘れてしまう。完璧な情報管理体制だ。表向きは、社の重要機密に属する研究をしていることになっている。だが、この建物、HOKUSAI社仙台研究所の広大な敷地の一画を、高さ二メートルの塀で囲ったうえで立てられた「先端技術研究所」は島田の私財によって運営されている。HOKUSAI社の役員でさえその研究内容を知ることはできない。寺尾はHOKUSAI社の役員であり、仙台研究所の所長であると同時に、島田の私設研究機関「先端技術研究所」の所長でもあるのだ。

 

 寺尾の個室は、ほぼ正方形で八〇平方メートルの広さがある。大ぶりの観葉植物の鉢が、壁面を覆っており、間仕切りにもやはり鉢植えが使われている。水やりや施肥はすべてコンピューター制御だ。三メートルほど高さの天井には一面、スクリーンが張られており、刻一刻と変化する明るい空の景色が投影されている。もちろん、調度品も調和を乱さないように作られている。デスクやチェア、ラックはもちろんコンピューターの筐体までが天然木だ。初めてこの部屋に入った時、島田は思わず念を押したものだ。

「ニシキヘビなんか出てこないだろうね。」

 自分の趣味に従って部屋をアレンジした寺尾はからかわれてると思ったのか、不機嫌そうに答えた。

「俺は飼い慣らされた自然が好きなんだ。生のままの自然が好きなわけじゃないぜ。」

 実際、そこは生命力が熱くたぎる熱帯雨林ではなく、完全にエアコンディショニングされた冷たいジャングルだ。ハードディスクとドッペルゲンガーの部屋から寺尾の個室に移動した時、島田はクーラーが利きすぎだと思った。建物の外は、気温38度、湿度60パーセントで、それこそベンジャミナやポトスが喜びそうな環境なのに。

 大きなシンノウヤシの葉が頭上に垂れ下がるソファに腰掛けると寺尾は尋ねた。

「本当にやるつもりか。」

 島田はポトスの茂みに隠されたコーヒーサーバーから二人分のコーヒーを入れながら、何を今更といった風に答える。

「そのためにばく大な金を注ぎこんだんだからね。」

「恐ろしくないのか。自分のコピーを作るなんて。」

「そうでもしなければ、やりたいことが出来ないよ。」

「今や、あんたの会社のO.S.は世界制覇しているんだぜ。ついこないだまで、DOORSかHUCKかなんて言ってたのに、それをぶっ飛ばしたんだ。MACRO-SOFTは文字どおりソフト会社だから生き残ったが、MELONなんてMACRO-SOFTに呑み込まれて今は影も形もない。俺から見れば、やりたい放題と思うがなあ。」

 

 二十一世紀初頭、日本のコンピューター業界は危機的な状態にあった。半導体生産の中心は完全に東南アジア諸国に移動していたしO.S.やソフトの開発は完全にアメリカの主導権のもとにあった。それに、二〇〇〇年問題に適切な手を打てない企業が日本で続出したため、技術大国という日本の神話的イメージが崩れてしまった。この問題に関して多くのプログラマーを先進国に供給したマレーシア、シンガポール、韓国などが、日本を上回る技術的信頼を得るようになったのである。

 アメリカに遅れをとったO.S.開発で巻き返しを図ろうという動きも、一九九〇年代半ばに見られた。だが、アメリカ製のDOORSがシェアの大半を占め、デファクト・スタンダードになると、日本の技術陣はあっさり屈服した。DOORS-98が発売延期になりかけた時、日本のコンピューター業界関係者は皆青ざめたほどだった。低調なコンピューターの売れ行きを回復させる唯一の切り札が、アメリカ製O.S.の新バージョンだったからだ。

 HOKUSAI社が最初にO.S.を世に問うたのはつい二年前の元旦だ。DOORSのソフトもHUCKのソフトも使える、この新O.S.はわずか99ドルで購入できるシェア・ウエアだった。

 

 寺尾はテーブルの上のコーヒーを一息で飲み干すと言った。

「今や、あんたのHOKUSAI-2010が世界標準だ。世界のコンピューターの67パーセントがHOKUSAIを搭載している。」

「僕にしたら、とんでもないことに巻き込まれたという感じだよ。僕はアイデアを出しただけだ。君を含む技術の連中がそれをプログラミングしたら売れたんだよ。」

「それはアイデアがとんでもなく天才的だったからだ。HOKUSAI-2008が出るまで、O.S.は机に過ぎなかった。その机の上で、アプリケーションやドキュメントを開いてたわけだが、悲しいかな机は机だ。人間がしなきゃならない手作業が山ほどあった。それはHUCKもDOORSも同じだった。つまりはHOKUSAIのようなマネッジメントという概念が決定的に欠けてたんだ。たとえば、複数のハードディスクに入ってるアプリケーションの用途別一覧表を作るなんてことでも従来のO.S.では馬鹿みたいに手数がかかった。百個のドキュメントに連番を打ってあって、後から三番が欠けているなんてことに気付いたら最悪だ。番号の振り直しを九十八回もしなけりゃならなかった。ワープロで作った複数の文書に統一的に頁番号を振るなんて簡単なことでも恐ろしく手間がかかったもんだ。最初の文書の枚数が変わったら、後に続く文書の頁番号設定を全部変えなくちゃならなかったからな。」

「確かに、忘れていたけれど、昔のコンピューターは不便だった。僕も研究にHUCKを使っていたんだが、今から思えば、その時に感じた不自由を虱潰しにしていった結果がHOKUSAI というわけだね。」

「おいおい、自分の手柄をそんな過小評価するなよ。トップダウンやボトムアップを導入して今言ったような問題を根こそぎ解決したところにあんたのアイデアのすごさがあったんだぜ。」

 

 実際、島田のアイデアは画期的だった。HOKUSAIはシステムレベルの様々な情報をワープロ文書やデーターベース文書にすることができるし、逆に、ソフトで加工した情報をシステムに反映させることもできる。また、頁番号や書式といった個々のソフトの情報をシステムレベルで管理することもできるのだ。それがトップダウンやボトムアップと呼ばれる操作だ。もちろん、こうしたアクロバチックな作業に付随して起こる様々なアクシデントに対しては万全の対策が講じられている。ユーザーはシミュレーションによって、自分の期待した結果が得られているかどうかを確認することができるのだ。

 

「さっき言ったアプリケーションの一覧表なんか、ハードディスクの情報をワープロやデータ・ベースにトップダウンするだけで簡単に作れるし、逆に複数文書間の頁統一なら、ソフト単位のプリントアウト情報をO.S.レヴェルにボトムアップすれば良い。そうした発想が従来にはなかったんだ。だから、HOKUSAI はとんでもない結果を引き起こしたんだ。」

 寺尾は乗り出していた体をソファに持たせかけて続けた。

「今度の件にしたってそうだ。ほとんど言語と精神の謎を解明してしまう可能性をもってるじゃないか? これは凄いことだぜ。」

「いや、もし解明できたとしたら、それは君の成果だ。僕は最初の着想を出して、後はほんの少し手助けをしただけだよ。それに僕の考えることなんか、たいてい誰かが二〇世紀終わりまでに言ってしまっているよ。」

「だが、精神分析学とか言語学、それに認知科学、哲学をどうコンピューターに応用するかという、その筋道を考えたのはあんただ。ハイパーテキストと無意識・意識の構造の類似性から出発した理論は抜群だった。あんたは意識と無意識の関係をハイパーテキストで表そうとしたんだ。それまで誰もハイパーテキストに階層を認めず、複数のテキストを行き来するだけの平面と考えてたのにだ。」

「いや、ハイパーテキストの考え方そのものが天才的だったんだ。それまでのソートやサーチの概念を覆す底力を持っていたんだからね。かつてはソートと言えば、アルファベット順や番号順に情報を並べることだった。けれども、これは極めて非人間的なやり方だ。たとえば、外国語の単語を憶えるとして、人間はそれを絶対にアルファベット順には憶えないからね。」

「たしかに、ドイツ語なら、sehen”見る”を憶えた次にsehnen”憧れる”を憶えるより、be-sehen”熟・視する”やab-sehen”予・見する”を憶える方がずっと楽だなからな。ソシュールの言うパラディグムというやつだ。」

「あるいはサンタグムでder Film”映画”とかdas Fernsehen”テレビ”なんかでも良いよ。fernsehen”テレビを見る”なんかそのままパラディグムにも組み込まれるからよけい憶えやすいね。ハイパーテキストはこういう連鎖を表現するのに最適なんだ。今やハイパーテキストはディメンションがあるから、パラディグムなら第一次元に、サンタグムなら第二次元に属させれば良いわけだ。」

「そういえば、ハイパーテキストはディメンションを持ってから便利になった。昔なら論文を読んでいて色々なテキストに飛ぶうちに何がテーマか良く分からなくなることがあったんだが、最近の論文はすっきりしている。第一次元は基礎データー、第二次元は関連文献って具合に、どういう飛びかたをするかあらかじめ分かるようになっているからな。」

「ディメンション・ハイパー・テキストが発表された時には驚喜したよ。旧来のハイパーテキストではサンタグムとパラディグムの関係をうまく整理できなかったからね。」

「だが、ディメンション程度なら誰でも考えつきそうなもんだ。先にも言ったとおり、そのディメンションに階層構造を与えたのがあんたの発想の第一歩だ。それだけでも凄いんだが、無意識と意識を単に階層構造で表そうとしなかったことがあんたのアイデアの一番肝心なところだ。俺があんたを評価するのはそのためだ。実際、これまでの実験結果と付き合わせてみても、あんたの理論と矛盾するところは見つからなかったぜ。」

 寺尾は立ち上がってコーヒーを入れ始めた。

「まあ、あんたの理論を完全に理解したわけじゃないんだが、簡単に言えば、頭脳の抱える全ての情報がループを描く形でハイパーテキスト化されていて、ちょうどテキストからテキストへジャンプするようにして思考が進められるってことなんだろう。」

「そう。モデル化すれば、人間の知識は球体をなしていることになるね。」

「たとえば、”犬”といえば、さっきあんたが言っていたサンタグムの系列とパラディグムの系列での連想が引き起こされる。”犬”と言う概念は球体の一点を占めているわけだから、究極的にまで連想を進めれば、もう一度”犬”に帰ってくるわけだ。」

「立ってないで座ったらどうだい?」

 寺尾は無類の話好きだ。夢中になると、他のことは一切お構いなしにまくしたてる。島田に言われて、せっかく入れたコーヒーをもうあらかた飲んでしまったのに気づいたほどだ。寺尾はソファに掛けると話を続けた。

「ところで、さっきの“犬”の一点のちょうど裏側、これは“犬”から最も遠い概念だが、その遠近は客観的なものじゃない。むしろ、意外に近いものだったりする。かつての愛犬の名だったりするわけだが、こいつがそんなに遠くに位置付けられるのは、その愛犬の名のサンタグムの系列をたどると、すぐそばに“串刺し”とか“目のつぶれた”とかがあって、嫌な記憶が喚起されるからだ。だが、愛犬が変質者に惨殺されたという記憶そのものは、無意識どころか、いつでも思い出せることだ。むしろ、当人にとって分からないのは、犬の概念から最も遠いのが愛犬の名だということや、“串刺し”という言葉から最も遠い概念が何かってことだ。もっと言えば、ある概念と他の概念の結びつき方、関係性こそが意識できないものなんだ。たとえば、“串刺し”や“目のつぶれた”のパラディグムの系列には“団子”とか“盲人”なんかがあって、夢の中では、“杖をついた老人がタンゴを踊る”としても、当人には何のことだか理解できないからな。」

「あは。最後の方は冗談でごまかしたな。」

「モデルを作ると簡単になりすぎて、肝心なところが説明できないんだ。」

「いや、言わんとするところは何となく分かるよ。ところで、実験の結果がそこまで出始めているのかい? ハイパーテキストで人間の知識体系を記述するという僕のアイデアは単なる理論に過ぎなかったんだが、どうやら予想以上にすごいことが分かり始めているんじゃないのか。」

「結論から言えば、記述は出来たんだ。少なくとも被験者と同じ反応をコンピューターから引き出すことはできる。単語の用法説明とか、外国語の翻訳は一言一句変わらんし、どちらの絵がきれいかとか、どちらの音が耳に障るかっていう質問にも、全く同じ返答をする。気味悪いくらいだぜ。」

「すごいじゃないか。もう完成間近ってことだね?」

 思い出したように煙草に火をつけた寺尾は溜息をつくように大きな煙の塊を吐き出して答えた。

「そういうことになるな。」

「その割にはしょげているね。」

「記述を説明する方法がが見つからない。言語と精神の働きを解明するようなモデルが作れないんだ。」

 様々な刺激を与えつつ被験者の思考内容をスキャンし、その適切な記述法を探し出すという一連の作業はすべてコンピューターに任せられた。もちろん、基本的な記述法は島田の理論に基づいて、あらかじめコンピューターに与えられていたが、それをどのように用いるかはコンピューターの論理的選択にゆだねられたのである。七十二時間にわたるスキャンテストが終わった時、寺尾は呆然とした。言語に関する領域だけでもディメンションが京を越えており、そのディメンションにも階層構造が作られていたのだ。

「一体どういうわけだ。後からあんたの論文を読み直してみたら、ちゃんとそうなるって書いてあったが、何で、パラディグムとサンタグム、二系列しかないものに階層が必要なんだ。ディメンションも二つで十分じゃないか。わからんことだらけだ。」

 島田はリフレクサの細く茂る葉を眺めながら答えた。

「恐らくね、君は球体モデルに信頼を置きすぎているように思うよ。あれは、言語を単語レヴェルで説明しすぎている。そもそもソシュールのサンタグムとパラディグムの説明がそうなんだ。単語レヴェルで考えるうちは良いんだが、連語、文、それに複数の文の集まった文章の単位で考え始めるとずっと複雑になってしまって訳が分からなくなる。たとえば、“腕が痛い”という文のパラディグムには“脚が痛い”とか“胸が痛い”とかがあるけれど、これを、単に腕、脚、胸という単語レヴェルでのパラディグムに還元することはできないだろう。?」

「“胸が痛い”とか“耳が痛い”には“かわいそうだ”とか“ご批判身に染みます”なんてのがあるな。それに単語レヴェルでも、音の類似ってのもある。同音異義語とか反意語もあるか。」

「つまり、サンタグムとパラディグムを二次元で表すのは話をわかりやすくする方便にすぎないんだよ。実際にはそれぞれが多くの次元を持っていて、しかもクロスしている部分もある。大きく見れば二種に別れるというだけのことなんだ。」

「言われてみれば、その通りだ。画像とか音声と同じように言語も複雑なわけだ。普通コンピューターでは、文書よりも写真とか音楽の方がずっと容量が大きいから、言語は格段に単純な気がしてたんだ。だが、文書と言語は全然別物だからな。なるほど、言ってみりゃ、さっきの概念の球体は、いくつもあるわけで、その関係も単純じゃないということだな。」

「そうなんだ。だから、ディメンションに階層が出来たのは良く分かるよ。あるディメンションと他のディメンションをクロスさせるためには、メタレヴェルのディメンションが必要になる。それに、恐らくコンピューターはそのディメンションの階層を統合するためにもハイパーテキスト方式を使っているよ。どのディメンションを重視するかは個人によって異なってくるからね。」

 ようやく、合点が行ったという風に、寺尾はソファに体をもたせ掛けて、腕を組んだ。

「つまり、被験者を三人使ったのは正解だったわけか。でないと、コンピューターもディメンションの優先順位が人によって異なるとは分からんから、単なる階層構造で充分だと判断したろうな。七十二時間という短いスキャン時間ではそうした変化はとらえられんだろうが、同一人物でも時間が経つにつれディメンションの優先順位を変化させるから、本当はハイパーテキスト方式が必要なわけだ。」

「逆から言えば、当面はそうした個人差とか通時的変化を捨象して良いんじゃないのかい? 君の場合。」

「え?」

「コンピューターは通時的にも共時的にも妥当性をもつ記述を行ったわけだけれど、その記述が複雑すぎるなら、当面共時態に的を絞ったらどうだい。変数が随分減るんじゃないかい。」

「あ、そうか。やっぱりあんたは天才だ。」

「まさか。これもソシュールだよ。まったく君はアインシュタインみたいだね。」

「え?」

「あの物理学者はドアの下に猫用の入り口と犬用の入り口をつけていたんだ。」

「俺はペットは飼わないぜ。」

「猫用は要らないだろう。犬用の入り口で通れるよ。」

「あ。」

「思考内容をスキャンできる機械を作った人間がこれだからね。」