二十、

 

 東京に戻ると、思った以上に忙しかった。瑤子のマンションには、キッチンを除けば、十畳の寝室と二十畳のリヴィングしかない。欧米人が一人暮らしをするための部屋なので、二人で暮らすには不便だ。まず、すぐに入居できるもっと広い部屋が必要だった。

 荷造りも自分でやった。処分してしまいたいものが沢山あったからだ。かつての男友達からもらったアクセサリや服など、それに一緒に写ったスナップなどもあった。彼には見られたくないから、二,三日、先に新居で暮らしてもらうことにした。家具一切を新調したから、不便はなかったのだ。

 広々とした部屋が好きだから、それほど多くのものがあるわけではない。荷造りを始めた時、瑤子はそう思っていた。だが、壁にあつらえられたクローゼットを実際に開いてみると、驚くほど沢山のものが詰まっていた。納戸には前回の引っ越しの時の段ボールが荷ほどきされていないままだったりもした。開いてみると、学生時代の参考書やノートが出てきた。どうして、こんなものを残しておいたのだろう。そう思ってふたを閉じようとするが、ついつい一番上のノートを開いてみたりする。気が付くと一時間はゆうに経過していて、結局そのがらくたを処分する気がなくなっている。

 三日目、全然片づかない荷物の山に囲まれてふと気が付くと、もう五時だった。瑤子は慌てた。荷造りが終わってなかったからではない。六時に彼と待ち合わせをして、夕食をとることにしているからだ。そして、そのまま新居の方に帰るのだ。まだ、化粧もしてないのに。

 結局、部屋を出ることができたのが、六時だった。彼に電話をかける。留守電だ。だが、それはいつものことで、一時間おきごとにメッセージを確認するのが彼の習慣なのだ。おかしいと思ったのは、三十分遅れで約束した店に入った時だった。彼の姿がなかった。遅れるのなら、電話をするはずだ。瑤子は衛星電話の電源を切っていなかった。こちらから電話を入れてみる。やはり留守電だ。七時まで待った後、新しい部屋に帰ったが、彼はいなかった。

 心配する瑤子に寺尾から電話が入ったのは八時をまわってからだ。

「おい。どうなってるんだ。コピー、いや、城山氏はそっちにいるんだろう?」

「え?」

「どっちだ? 居ないのか?」

「居ないわ。まだ休暇中でしょ。」

 居丈高な寺尾の口調に思わずこちらも大きな声が出る。

「誰も仕事の話なんかしてないぜ。」

 そう言った後、寺尾は一瞬口ごもった。

「じゃあ、何なのよ。」

「島田の奥さんから電話があって、おかしいんだ。島田がどうのこうのって言ってる。」

「どういうこと?」

「分からない。錯乱してる。それにすぐ切れた。後は幾らかけても繋がらない。」

「どうしよう。」

「何を?」

「きっと彼と会ってしまったんだわ。」

「そうだな。こんなことなら早く整形手術をしとくんだった。」

「とにかく、ほっとけない。社長の家に行くわ。」

「止めろ。よけい話がややこしくなる。」

「だって、このままじゃ奥さん、本当におかしくなるわよ。私だって、最初彼がアンドロイドだって信じられなかったんだから。死んだはずの社長が生きてたってことになったら。」

「ちくしょう。仙台じゃなかったら、俺が行くのに。」

「とにかく、行ってみるわ。」