二十二、

 

「たしかに、よう出来てるな。五感から得られる情報もうまいこと処理してある。言語だけやなくて、視覚とか聴覚も、パターンごとにハイパーテキスト化されとるんやな。凄いこと考えつくもんやな。やっぱり、島田さんちゅうのは一種の天才やな。ま、量子場レベルで脳の状態を把握する方法を見つけたお前も、ノーベル賞級やけどな。」

 明石は図面を見て言った。寺尾は腕を組んでうつむいたままだ。瑤子が昨日の朝電話をした時、寺尾は信じられないと言って絶句した。だが、仙台にやってきた瑤子とコピーのやりとりを聞いているうちに納得した。そして、コピーをどう扱ったものか途方にくれてしまった。それは瑤子も同じだった。そこで、寺尾の大学時代の先輩で、脳生理学の専門家である明石に相談することに決めたのだ。

「量子場脳理論ちゅうのは、ほとんど実証されてへんかったから、こら画期的なことやで。このデータ見ても、被験者とまったく同じ反応が引き出せてるんやから、こらほんま動かぬ証拠ちゅうことになるわな。ま、こんだけ、うまいこと出来とったら、コピーがうまく動かへんでも、どこがあかんねんと思うわな。どっか、ちょこっと間違ごうただけや。そう思てるやろ。」

「根本的に間違ってるのか?」

 寺尾氏は顔をあげて聞いた。

「そうや。少なくともコピーを作ったのは完全に間違いやな。少なくとも二つの点で間違ごうている。一つはな、お前、被験者とコンピューターの反応が一致するように色々調整したやろ。そやのに、コンピューターが脳の状態と反応を一致させて記述を進めとると考えたわけや。けどな、それって、結局、お前が求めた反応がちゃんと出たらそれで良しちゅうことやろ。記述そのものはお前にとってもブラックボックスやさかいな。そしたら、コンピューターがホンマに被験者と同じ道筋たどって、同じ反応を示したかどうかは、わからんで。どっちか言うとな、お前はコンピューターを鍛えてしもたんや。コンピューターはお前がどんな反応を求めてるのかを予測する能力をつけよったんや。ん、なんや、どないした?」

「いや、あんたの専門と関係ないことなのに、良く、そんなことが分かるな、と。」

「アホいえ。こんな単純なこと誰でもわかるやないかい。そやからお前は馬車馬言われるんや。視野が狭すぎるで。」

 歯に衣着せない人間だとは聞いていたが、瑤子は寺尾が怒り出すのではないかと、背筋に冷たいものを感じた。だが、寺尾はすっかりしょげている。明石を尊敬しているのだろう。

「まあ、ええ。今度は俺の専門や。第二の間違いはな。脳内物質とかホルモンとかを全然考慮してへんちゅうことや。お前もノルアドレナリンとかエンドルフィンくらいは知ってるやろ。人間の感情いうもんは、こういう物質と密接に絡みあっとるんや。これが体と脳に同時に作用して始めて感情ちゅうやつができる。コンピューターにはそんなもん出えへんやろ。そやのに、コピーが不安がったり嬉しそうにしたりしよるちゅうことはやな、それは単なる計算の結果ちゅうことや。何かの刺激を感覚して、それにどういう反応を示すかを、人間は頭で考えへん。いきなり脳内物質が出るんや。けどな、コンピューターは全部頭で考えよる。分かるか、そうなるように、お前がコンピューターをプログラミングしたんやで。」

 明石は大きく息を吐き出した後、続けた。

「それに、記憶の一部をハードディスクに入れたっちゅうのも問題やで。」

 あまりの矢継ぎ早の批判に寺尾は不満声をあげる。

「そう言われても、体内のRAMには入り切らなかったんだ。それに、ごく低い階層の記憶ばかりだぜ。」

「お前な、よう頭冷やせよ。その階層の高低は誰が決めたんや。コンピューターやなんて言うたら、張り倒すぞ。」

 明石の凄い剣幕に寺尾はすくみあがった。

「ええか、お前が決めたんやで。お前、意識をつかさどる部分を最上層と考えたやろ。」

「違うのか?」

「違うに決まってるやろ。意識から見て上層か下層かが、自我のあり方にとって重要かどうかとどう結びつくねん。人間の感情も思考もな、ほとんど意識せえへんような体内の変化に規定されてるんや。お前が言う下層ちゅうたら一番基本的な部分やないかい。」