◆◆◆−絶体絶命的便所−◆◆◆

 

 まだ、イスラマバ−ドにいる頃、ジュネ−ブから送った荷物が空港に着いたとい うので、税関まで取りに行ったことがある。
非能率もここまでくると笑ってしまう。
たった1箱の荷物を受け取るのに寒い、大きな倉庫の中で僕は2時間待たされた。
僕 は待ってるだけだからいいけど、僕の代理になって手続きをしてくれる人(パキスタ ン人)はたいへんだった。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり、走り回って、次から 次にまったく無意味と思えるサインを集めるのに四苦八苦していた。
そして時々僕の 方を振り返ってはもう少しだから、というような合図を送る。
気の毒なので、大丈夫 、大丈夫と僕は合図を返す。
そんな合間にも時々そこの税関関係者らしき人が僕に挨 拶をしにくる。
握手をしてまた、ぶらっとどこかへ消えていく。挨拶はいいから仕事 しろよな、
まったく。ここにはまったくシステムというものがないのだ。
誰もがあっ ちでぺちゃくちゃ、こっちでぺちゃくちゃと喋ってぶらぶら歩き回るだけで、荷物を 引取に誰かが来ると、まったく意外そうな顔をしてどうしてそんなことをオレにいい に来るのだと言わんばかりの顔をする。
まったく、それがお前の仕事だろう、と言い たくなる。
一人で荷物を取りに来た西洋人らしきおじさんは、だんだん不機嫌な顔に なり、しまいに破裂しそうなくらい顔を真っ赤にして倉庫の真中で仁王立ちになって いた。
完全にわけが分からず、非能率、無責任、デタラメさに怒り心頭に発したとい うやつだろう。
しかし、パキスタン人はその西洋ゆでダコにまったく関心を示してい なかった。
 寒いところに座って、倉庫の中で展開されている悲・喜劇をぼんやりと眺めてい たら、恐ろしいことにお腹が痛くなってきた。
これは、もうすっかり慣れてしまった 、申し分のないパキスタン的下痢だ。
しかし、もう少し我慢すれば、きっと荷物を引 き取ってくれる、そうすれば、事務所まで30分で行けるから大丈夫だ、そう言いきか せて頑張っていた。
しかし、ここの下痢はそんなに甘くない。すぐに危険な状態に入 ってきた。
仕方ない、たぶん無いと思うけど、ちょっと覗いてみようか、と思って僕 は立ち上がり、トイレの中を覗いた。
やはり無かった、トイレットペ−パ−は。その 代わり、壷が一個あった。もう少し我慢したら、きっと帰れると思いなおし、僕はま た元いた場所に戻ってすわった。
しかし、ものの数分もすると錐揉み状態に入り始め た。
−ここはパキスタンなんだ、どうして紙にこだわる、だいたい紙は不潔だ、水の 方がよっぽど衛生的だし、健康にも良いのだ−、とわけの分からん理屈をこねて、僕 は懸命に自分を説得しようとし始めていた。
そして、とうとう一大決心をし、ええい 、ままよ、とトイレに入り、しゃがみこんだ。
一気に全液体は通過し、一瞬にして終 わった。さてと、僕は壷に水を注ぐべく蛇口をひねった。
−−−出ない。水が出ない 。いかん、どうして最初に確かめなかったんだ、と後悔してももう遅い。
そうだ、水 洗便所だから、流せば出るようになってるのかもしれない、きっとそうだ、そうに決 まっている、と一心不乱に祈りながら、トイレを流すレバ−を引いた。−−−カラン と乾いた音がした。いかん、このトイレは潰れていたんだ、という恐ろしい事実が明 確になってしまった。
−どこかにティッシュペ−パ−が入ってるはずだ、パキスタン は紙が無いかもしれないからと思って、たくさんティッシュペ−パ−を持ってきたん だ、きっとどこかのポケットに入ってる−、とブツブツ考えながら全ポケットに手を つっこんだけど、無かった。
−こういう時は一度落ち着いて対策を考えればいいのだ 、脱出の方法は必ずある−、と言いきかせ、しばらくしゃがんだまま考えてみた。
そ して、なあ−んだ、簡単じゃないか、ハンカチがある、と僕は喜んだふりをし、一番 気に入ってるケンゾ−のハンカチを糞まみれにして、イスラマバ−ド国際空港の税関 の便所に葬り、窮地を切り抜けたのであった。