−愛と怨嗟のフュ−ダリズム−
< The Quetta News >
パキスタンの一人当たりGNPは日本の約 150分の1 で200ドルくらいだと思
う。ということは物価も日本の 150分の1 くらいが妥当なのだけど、そうは問屋が卸
さない、つまり、文字通り、問屋(貿易相手国)が許さなくて、輸入商品の高価格に
つられて全体の物価水準も上らざるをえない。しかし、この外国経済の影響は商品に
よってまったくまちまちで、現地生産がまったく不可能なものは、一般人に決して手
の届かない商品として超高価格を維持し(例えばCD)、現地生産で十分間に合う商
品には外国の価格の影響がまったくなく、異様に安い(と外国人には思える)価格を
維持している(例えばアスピリン10錠4円)。というわけで、外国人にとって、な
かなか適切な価格というのがつかめなくて、結局いつまで経っても騙され続けるはめ
になる。一種の税金と思って払うしかないと僕は諦めつつある。それでも、超低価格
の恩恵は十分受けている。
パキスタン人の平均月収は、乞食から首相まで含めたら統計上はおそらく100
0円から2000円くらいになるはずだけど、普通に職がある人だけを考えれば、1
万円ぐらいだろうと思う。2万円になると相当の上流である。にもかかわらず、国連
の現地雇いスタッフは上級になると、4万円から5万円もらっている。これが現地で
様々な軋轢を生み出す原因の一つになっているのだ。憧れと嫉みはいつも表裏一体だ
から、状況により、それが卑屈な態度として現れたり、反感として爆発したりする。
ちょうど、開国以来の日本人の西洋人に対する態度と似ている。卑屈なへり下りと不
必要に横柄な態度は世界中どこへ行っても、日本人観光客の特徴として、もう有名で
ある。いちいち、笑いの種にされるのは不愉快だけど、事実だからどうしようもない。
ともかく、現地雇いスタッフに対してでさえ、このような状況なのだから、外国
人スタッフに対しては、もっと過激な感情を持っているパキスタン人もいる。僕はパ
キスタン人国民の卑屈も反感もどちらも見たくない。国連機関内でも、なるべく現地
社会を刺激しないようにと再三御触れがでるけど、外国人は変な顔してるし、変な服
着てるし、お城か宮殿のような家に住んでるし、UNと書かれた車に乗ってるし、カ
−ステでガンガン変な音楽かけてるし、(現地人に対して)英語しか喋らないし、1
日に5回お祈りしないし、なんやかんやで刺激するなといっても、目立ち過ぎてどう
しようもないのだ。というわけで、時々、理由の全然分からない事件が起ったりする
。国連関係者が襲われるのだけど、政治的な意図とか国連の活動とかにまったく関係
のない、目的もはっきりしない、殺人の意図があるとも思えない、まったく訳の分か
らない攻撃が時々ある。被害に会うのは、たいてい、いわゆる白人である。どういう
思惑があるのか知らないけど、この点、僕や黒人職員は得しているかもしれない。旧
植民地として帝国主義に対していまだに強い憎悪があるのは時々感じる。きっと、外
国人の気づかないところで、現地人の気分を損ねたり、名誉を傷つけたりすることが
あるのだろう。そういうちょっとしたきっかけで、憧れと嫉みの感情が負の方向へ向
けて増幅され、爆発するのかもしれない。幕末の生麦事件を思いだす。参勤交代の重
要性を理解しない英国人が列を横断してしまったかなんかで武士に斬られたという事
件。なんか似ていないか?
クエッタは、今、中世である。近代法制度はまったく働いていない。封建領主が
政治権力を握り、イスラム教司祭が日常社会を律している。紛争は封建領主の合議と
調停によって収まるか、徹底的な殺戮によって解決される。男は年ごろになるとみん
な銃の撃ち方を教わる。女は顔をすっぽりと黒い布で隠し、年ごろになると親の決め
たところへ嫁がされる。もちろん、新郎、新婦はお互い会ったことも見たこともない
まま結婚する。そして、結婚は同じ部族どうしの間でしか認められない。部族外結婚
という例外もあるけれど、それは自分の部族から永遠に追放されるということでもある。
高校の世界史の教科書には「国際社会」は1648年のウエストファリア条約に
よって成立したと書いてあったけど、その時初めて成立した「国民国家=Nation-Sta
te」という概念はその後どこ行ったんだろう。確か、当の「国際社会=西洋社会」に
よって、アジア・アフリカ・ラテンアメリカのNation達は、State の成立を木っ端微
塵になるまで阻まれたはずだ。だから、結局、地球全体を覆うような、「国民国家」
を構成員とする「国際社会」はどこにもない。1648年の「国際社会」は今で言え
ば、ヨ−ロッパという「地域社会」のことで、その後は地球全体には広がらなかった
。にもかかわらず、我々は、今現在、地球上に在る、「国民国家」やら「中世国家」
やら「原始部族社会」やら「おもちゃの国」やら「子供の国」など全部ひっくるめて
「国際社会」と呼び、「国際法」が適用されるというフィクションの中にいる。
「国際法」がどうもうまく働かん、というのは、このフィクションがそもそもと
っくの昔に破綻しているからだ。この破綻の繕い方は、今のところ見て見ぬふりをす
るということになっているようだけど、中世封建社会の真っ只中で「国際法」を適用
するなんて奇術的仕事をやっている僕に、この破綻を見るなと云っても無理である。
ボクシングをやっている連中に一生懸命、新体操のル−ルを適用して、「ハイ、指先
をピンと伸ばして!」とか「軽やかにリングを回して!」とかなんとか云ってるよう
な妙な気分である。
というより、徒労感。この徒労感は仕事でも私生活でもいたるところで味わう。
アフガニスタン人も、パキスタン人も、イラン人も、クルド人も、僕とはまったく違
う精神世界に生きている。要するにさっぱり話がかみあわない。僕は毎度、腹が立ち
、激昂し、呆れ果て、そして腰が砕けるように疲れきる。そして、結論する。−−−
東洋の小さな島国で密かに育った文化は、大陸文化と決定的に違うのだ。
そう、今、僕は大陸にいるんだ。
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物価表(Quetta News 6 付録)
May, 1993
マイルドセブン1箱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40円
航空券クエッタ・イスラマバード往復・・・・・・・・・・8000円
ホテル(セレナ以外)・・・・・・・・・・・・・・・・並−120円
上−400円
特上−1600円
セレナホテル1泊・・・・・・・・・・・・・・・・並−13200円
上−28000円
紅茶一杯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8円
コ−ラ1本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20円
ナン(地元のパン)1枚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8円
シクカバブ1串・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8円
中華料理1皿・・・・・・・・・・・・・・・・・120円〜260円
ポロシャツ1枚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・260円
ティッシュペ−パ−1箱・・・・・・・・・・・・・・・・・112円
CD1枚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2600円
ジョギングシュ−ズ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・800円
エコノミスト1冊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・200円
Wall Street Journal 1部・・・・・・・・・・・・・・・・160円
医者診察料1回・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・800円
アスピリン10錠・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4円
肝炎予防ワクチン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・200円
リキシャ1回・・・・・・・・・・・・・・・・・120円〜200円
空港税・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40円
ろば車1回・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80円
牛肉1kg・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・160円
ロシア製エアコン・・・・・・・・・・・・・・・・・・40000円
イラン製ダイニングテーブル1 & チェアー6セット ・・・14400円
ソニ−FH-B190 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・72000円
トマト1kg・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40円
醤油1kg・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・740円
卵1個・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5円
ゴムの木1本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120円
家賃(1)10部屋くらいの邸宅・・・・・・・・・・・・80000円
(2)僕の家・・・・・・・・・・・・・・・・・・52000円
(3)普通の家・・・・・・・・・・・・・・・・・・4000円
人の値段(1)暗殺依頼料1人・・・・・・・・・・・・・・400円
(殺人は警官に頼むのが一番安い)
(2)少女買取料1人・・・・・・・・・・・320000円
(人身売買が横行している)