−手紙−

 

< The Quetta News >

 

  どうして、クエッタ・ニュ−スを書くか、ということに関していろんな考察が送

られてきます。クエッタ・ニュ−スを送った覚えのない人からの手紙も届いたりする。

  「ああ、こうやって本というのは出来ていくんですね」なんていう純朴なものから、

  「これで一発当てるつもりでっか」なんていう下品なものまで、いろんな声を聞く。

  ジュネ−ブや東京で、コピ−が出回っているという噂や、日本人国連ボランティ

アの若い人たちにコピ−が配布されたとか、「日本大使館にもコピ−送った方がいい

でしょうか」なんていう質問まで(止めてくれい!)ある。

  どうして、書くか?

  それは手紙を書くのがしんどいからである。めんどくさいという意味ではなくて

・・・・・、やっぱりそういう意味であった。

  もう一つの理由は、精神衛生である。外国の生活はどこでも、大変である。大変

というのは、「大」きい「変」化が毎日一杯あるという中国三千年の故事から来てい

る。慣れ親しんだ文化圏での生活がとても退屈になるのと対照的に、異文化圏での生

活は、気に入ろうが気に入るまいが、新しいインプットが毎日大量にあるということ

である。そこで、積極的に異文化にとけこみましょうとか、新しい世界に目を開いて

心の鎖国を解きましょうなんてアドバイスが、ガイドブックに出るはめになる。外国

生活体験者の、新しもの好きの好奇心旺盛な人じゃないと外国生活は難しいというよ

うな忠告まである。そして、こういう性質が国際化の条件のように語られたりする。

  こういうのは全部ウソである。それは普通に考えれば分かる。視野の狭い、好奇

心の欠けた人は、どこに行こうが、どっちみちあまり多くのことを受け取らないのだ

から、それだけインプットが少なく、従って衝撃も少ないはずである。「小変」である。

  健康な精神状態を維持できるかどうかは、その人のインプットの量に見合ったア

ウトプットができるかどうかにかかっているというのが、僕の経験と観察による暫定

的結論である。アウトプットというのは話すことでもいいし、手紙を書くことでもい

いし、絵を描くことでもいいし、歌うことでもいい。なんらかの形で自己表現するこ

とであればいいと思う。絵描きは、全ての事柄をヴィジュアルに受け取るだろうし、

音楽家は風景をメロディとして、受け取るだろうし、なんでもかんでも言語化しない

と気の済まないものもいるだろう。

  レシ−バ−が優秀でたくさんインプットのある人は、それだけアウトプットもた

くさんしないと、やっぱりしんどい状態に陥るのではないだろうか。好奇心旺盛な人

はそれだけ大変なはずである。元々性能の悪いレシ−バ−をなんとか止めようとして

いる人でもいくらかはインプットがあるはずだから、やっぱりそれに見合ったアウト

プウトに失敗すれば、しんどい状態になるだろう。

 

  ペシャワルに派遣された日本人のお医者さんが発狂した。飽きたとか、疲れたと

か、気が変わったとか、抑欝症になったとかじゃなくて、完全に気が狂ってしまった

そうで、一人で帰れる状態ではなく、日本大使館の職員が東京まで連れて帰ったそう

である。

  国連職員の福利厚生のための、各地域の困難さを表す指標によると、パキスタン

ではイスラマバ−ドがBで、ペシャワルがD、クエッタはつい最近までEだったけど

今年の2月からDになった。Aがもっともイ−ジ−で、Eがもっとも大変な地域であ

る。ちなみに東京はAの上の特別ランク、Hである。

  クエッタをEからDに格上げしたのは、ニュ−ヨ−ク本部から調査にやってきた

女性で、セレナホテルに泊まってちょこちょこと街を見て二日くらいで帰ったらしい

。そりゃ、楽しかっただろう。クエッタの国連職員はカンカンに怒っている。なんせ

、この指標で困難さ手当ての額が変わるので。カンカンに怒る気持ちは分かるけど、

女性調査官を責めるより、調査方法の改善を提案するべきだろう。一人の調査官の2

、3日の印象と2、3年生活する人の実感が違うのは当たり前だ。例えば、僕のポス

トは過去3年間に7人のオフィサ−が交代していった。2年が任期であることを考え

ればこれは異常である。任期を終えずに脱落していく率とか、脱落までの日数などの

指標も考慮して、困難さを判定すればもう少し公正な調査になるのではないだろうか。

  というわけで、ペシャワルは大変な地域であるには違いないけど、発狂する確率

とこのA〜Eの指標との間に相関関係はないだろうと思う。このお医者さんが発狂し

たのは、やはりアウトプットの手段が断たれていたからではないだろうか。忙しくて

、しかも言語の壁でインプットは最小限に保たれていただろう。しかし、その最小限

のインプットでさえ、日本的基準から見れば異常な内容だっただろうし、同時にその

最小限のインプットをカバ−するべきアウトプットも忙しさと言語の壁で実現できな

かった。それで、爆発してしまったのではないだろうか。

  この理論は、科学的根拠もなにもなけど、実にもっともらしい、と自分では思っ

ている。「話してすっきりした」なんて表現がまかり通っている事実は、この理論を

裏付けていないか。旅に出ると人はよく手紙を書く。これも無意識のうちにインプッ

トとアウトプットのバランスをとろうとしている行為ではないか。とにかく、出すも

のさえ出せば、人間はどこへ行っても結構やっていけるはずであるというのが、僕の

外国生活の手引き、その一、である。内向的で陰気で閉鎖的で保守的で外国語音痴で

好奇心が薄く無気力で無関心で社交性のない人も、少しだけアウトプットする術を持

っていたら、ちゃんとニュ−ヨ−カ−に成れる、ガイドブックはそう書くべきなのだ。

  僕のここでのアウトプットは今のところ話すことが中心である。毎日ほんとによ

く喋る。部下とUNHCR以外のインタ−ナショナル・スタッフ(いろんなNGOと

か他の国連機関とか外国政府職員)が主な話相手だ。同事務所ではセクショナリズム

がきつく、人間関係もややこしく、所長と庭師以外とはあんまり話さない。それに、

仕事も話すことと書くことが中心なので、アウトプット過剰ぎみかもしれない。だか

ら、アウトプットの量は十分に足りている。

  しかし、問題は、時々日本語という醤油味の言語が無性に恋しくなるということ

だ。それであわてて日本語の本をむさぼり読んだりするのだけど、これは言うまでも

なくインプットだから、逆効果である。必要なのは日本語のアウトプットなのだ。日

本に電話するのは高い。それで、クエッタニュ−スになる。

  外国語の会話と日本語のクエッタニュ−スで僕の精神衛生は維持されているとい

うわけである。外国語と書いているのは、ほとんどが英語なのだけど、もう一つ、僕

は今、何語か知らない言語を喋りつつあるからだ。たぶん、いろんな言語、ウルドウ

−語、パシュトウ−ン語、バロ−チ語、ペルシャ語、アラビア語などがミックスされ

たむちゃくちゃなものである。この地域では、いろんな人がいろんな言語を喋り、僕

は必要に迫られて少しづつ覚えていくので、こうなるのである。文法のかけらも知ら

ないけど、結構、分かるようになってきたから不思議である。人間にはそういう、言

語を自然に習得する能力があると僕は信じて疑わない。

  以上が、クエッタニュ−スの存在理由である。

 

★ ・ ★ 読者の広場 ★ ・ ★

 

  「ねえ、不思議なんだけど、どうして日本語がちゃんとしてるの?」

                                      

(埼玉、婚約中25才)

 *確かにあなたの日本語はちゃんとしていなかった・・・。

 

  「Quetta News 楽しみに読んでます、いつか本にしたいくらい」       

 (兵庫、秘書30才)

 *して。

 

  「雨は降りますか?あまりパキスタン方面の人がカサをさしている図は想像でき

ないけれど、そういえば見たことないような気がする・・・」          

                (同上)

 *そうなんです。パキスタンの人は傘をささないのです。男も女もショ−ルでくる

っと頭をくるんで歩くのです。ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男そっくりです。

 

  「山本さんにとっては、この世で得られる機会の中で、ベストのチョイスだった

のではないかと思います」                          

          (千葉、大学生22才)

 *クエッタの「国際人」の間でよく交わされる冗談を一つ。「もうワ−ストを知っ

たんだから、これからどこへ行っても良いことだけが待っている」。

 

  「春休みにモロッコへ旅行に行き、やはり「串焼交換社会」を体験し、いかにヨ

−ロッパ社会が特殊であるか(「平等」「個人」「私的所有」という概念等)を考え

させられました」

(ロンドン、大学院生24才)

 *でしょう。モロッコにも、一度行ってみたいな。

 

  「・・・山本さんは無事だろうかと皆で心配しています。でも、まあ山本さんは

どこに行っても美女に囲まれ、けっこう楽しい日々を送っていらっしゃらるのではな

いでしょうか。そんな気がしてます」   

(大阪、主婦兼ホステス29才)

 *あいにく、ここの女性は顔を隠している。

 

  「フィ−ルドの生活から離れられない、というのはすごくわかるような気がしま

す。私はアフリカで過ごした10日間たらずの間、あ−もうこれさえあれば何もいら

ない、とず−っと思っていました。あの生活から日本でのくだらない生活に戻ること

がどれほどつらかったか・・・」                       

                                    (同上)

 *そんなにつらい?旦那さんにちゃんと訴えた?

 

  「貴君の「The Quetta News 」〜著作権を無視してコピ−が送られてくる〜を拝

見していて、国際人の集合体がビビッドに描かれており、興味深くて勉強になります」

(東京、会社重役)

 *何でも勉強にしてしまう。この差が大きいんだよなあ。日本の経済復興と発展は

不可避的であった。

 

  「Are you still happy in Quetta ? Your postcard makes it look and sound

like a challenging Club Med, but I hope that the challenge won't exceed the

pleasure. 」              

(オ−ストラリア、無職)

 *勉強してしまう日本の会社重役と、Pleasure優先主義の失業オ−ストラリア人。

この違いをどう埋めろというのだ!

 

  「I am very interested in your present job at the UNHCR. What are your

tasks; your relations with the people, both the civil servants and the

refugees;how do you like the country; in one word, how is your new life ?」

(ロンドン、大学院生{フランス人}22才)

 *こういう質問をする日本人はいない。これがヨ−ロッパの選良なのだ。地中海ク

ラブとえらい違い。

 

  「ともかく、いい仕事にありつけて、お目出とうございます。うらやましい・・

・。つくづく・・・。仙台のかたいなかで高校教師なんてアホらしい、というわけで

、教師はやめてしまいました。アハハハハ。きっかけは、目付きの悪い事務員を殴り

そうになったことでしたが遅かれ早かれ、やめていたでしょう」 

(仙台、武闘派30才)

 *僕はその自由がうらやましい。しかし、殴らなかったなんて、すごい!

 

  「地図で時差調べようとしたけど、わからへんかったの〜。アホやろ!」

(大阪、チ−ママ30才)

 *ウ〜ン。とりあえず、時差は4時間です。

 

  「極限的状況においてこそ、左脳はギュルギュルと活動するのでは、と常日頃思

っていましたが、貴殿を取り巻く状況、及び貴殿から送られる名文の数々、まさにそ

のものであるなあと感慨もひとしおです(ナンチャッテ)」           

                    

(仙台、武闘派30才)

 *こういう時、右脳は何してるんですかねえ。休憩したり、左脳に嫉妬したり、右

脳左脳したり?−−−(0.01秒以内につっこんだ人は大阪人)

 

  「クエッタ・ニュ−スも好評のうちに第6号を迎え、ますます快調20番・・・

スリリングでエキサイティングでスキャンダラスなパキの現状を、毎回楽しく読ませ

てもらってます。ところで、このクエッタ・ニュ−スは、不特定多数の読者に語りか

けているところをみると、いずれ一冊の本になって出版されるという計画があるので

しょうか。もし、それが実現すれば、田舎の友人にあてた手紙という体裁をとって、

ジェズイット批判を展開したパスカルの『プロヴァンシャル』や、また、初めてパリ

にやってきたペルシャ人が故国の友人にパリの様子を書き送る風を装って、壮大な比

較文明論を繰り広げたモンテスキュ−の『ペルシャ人の手紙』と並んで、歴史に残る

書簡体小説の一つに数えられるようになるかもしれません。今後、いっそうの御健闘

をお祈りしております」

(大阪、離婚中33才)

 *誰か『プロヴァンシャル』と『ペルシャ人の手紙』送って。至急。

 

  「クエッタの街が随分気に入った様子ですが、手紙で少しづつ想像しながら、私

なりに楽しんで何度も読み返してます」                    

          

(大阪、主婦57才)

 *「手紙で」ではなくて、「Quetta News で」でしょ。

 

・ ・ ・ ・ 広報欄 ・ ・ ・ ・

 

  いつも手紙を送って下さってありがとうございます。手紙が僕の部屋に運ばれた

瞬間僕は一切の仕事を中断して、すぐに開封して読み始めます。

  それに、味噌汁や山葵漬やたくあんやふりかけや味付けのりやその他日本食の数

々感謝してます。もったいなくて食べられないので、ほとんどそのまま飾っています。

  ここの食物について教えてほしいというリクエストがいくつか来ているので、い

つか書こうと思っているのですが、食物については僕の思い入れが強くて、情緒が安

定せず、なかなか書けないのです。僕は今、家ではアルコ−ルを飲まない菜食主義者

です。いつか書きます。

  感熱紙が5月になくなって、パキスタン中を捜索してくれと、助手や通訳に頼ん

だけど、結局今だに手に入らず、すわっ!廃刊か!と思って半ば諦めつつあったので

すが、最近ようやく、ホテルから脱出し、家を借りて引っ越しし、日本やジュネ−ヴ

から送った荷物を少しづつ解き始めたら、おお!シュックリヤ−!インクリボンを発

見したのです。それで、やっとまとめて印刷することができたのです。

 ★最近、日本から僕宛てに出された郵便物のかなり多くと、僕からパキスタン国外

に出した郵便物の多くが行方不明になっていることが判明しました。腹が立つ、悲し

い。しかし、どうしようもない。これがパキスタンなのだ。それで、返事が出せなか

ったり、ちぐはぐな返事を出したり、ということが起っていると思います。こういう

事情なので、申し訳ありません。念のため、もう一度、宛先を以下に書いておきます。

 

          TO; Yoshi YAMAMOTO

          *****************,

          *********, Quetta

          Pakistan

  See you soon !