− モハマザイとマンガルカンは僕のチョ−キダ−ルだ −
< The Quetta News >
モハマザイは結婚相手が決まっている。しかし、まだ、できない。モハマザイは
パシュトウ−ン族で、パシュトウ−ン族では結婚する時、男が女にいっぱいお金をあ
げなくてはならないからだ。どのくらいいっぱいかというと、モハマザイの場合、10
万ルピ−!(40万円)である。
モハマザイの本職は、学校の事務所のお茶くみだ。パシュトウ−ン族の大親分の
一人に見込まれて、この仕事をもらったそうで、「とても好運だった、こんな仕事を
もらうには普通4000ルピ−とか5000ルピ−(1万6千円〜2万円)ぐらい賄賂を払わ
ないといけないのだから」とモハマザイは大親分にとても感謝している様子で説明し
てくれた。給料は月1900ルピ−(7千6百円)。
お茶くみの仕事が見つかってから、モハマザイは毎月1000ルピ−貯金している。
もちろん、結婚のためだ。8,000ルピー貯まったそうだ。あと、ほんの92,000ルピーだ!
「モハマザイ、何年かかるか分かるか?」
「3年くらい」
「違う! 7年8ヵ月」
「おおっ」と云っては、ニコニコするモハマザイ。
僕が今の家に入居した日、地主やら、地主の兄弟やら、大工やら、ペンキ屋やら
、庭師やら、いろんな人がわいわいと敷地内にいた。
「ところで、僕のチョ−キダ−ルはいつから来んの?」と僕は地主に訊いた。チ
ョ−キダ−ルというのは警備員のことだ。警備員といっても、門の開け締めをするの
が主な仕事で、夏も冬も24時間、門の当たりでゴロッと寝るだけで家もないのが普
通の、最下層の職業である。
「もう来てるよ、ほら、そこに」
「ああ、あれが」
いろんな人に交じって始終ニコニコして立っている、背のあまり高くない、ひょ
こっとした男がいるのに僕はずっと気づいていた。それが、僕のチョ−キダ−ル、モ
ハマザイであった。
「僕は24時間、警備が必要なんだよ。他に仕事があってできんの?」
「学校の事務所は7時から昼までだから、その間はお兄さんのマンガルカンに来
てもらう。休む時もマンガルカンに来てもらう。だから、いつも誰かいる」。
「お兄さんは仕事ないの?」
「マンガルカンは近くの事務所で夜だけのチョ−キダ−ルをしてる」
「そう。誰がいようとどうでもいいけど、一人分しか給料払わないよ。いくら欲
しいの?」
「あそこのアメリカ人の家のチョ−キダ−ルは、2千ルピ−もらってる」
「フ−ン」
「お兄さんのマンガルカンは庭師もできる。庭師は月6百ルピ−もらう」
「庭師なんていらないよ」
「じゃあ、チョ−キダ−ルだけ」
「ああ、それで十分。いいか、僕は一人しか、チョ−キダ−ルを雇えない。僕は
モハマザイを雇う。モハマザイに用事ができたり、病気になったりしたら、それは自
分で対策を立てて必ず、誰かこの家にいるようにしないといけない。誰が代わりに来
ようとかまわない。わかった? 給料は2600ルピ−」
「おお、おお」
というわけで、モハマザイは24時間体制で結婚に向かって驀進することになった
。この兄弟は、ちゃんと交替でせっせとやってきては、僕の家を守ってくれている。
二人とも学校に行ったことがないので、字が読めない。英語は、喋るわけがない。お
かげで、僕の現地語は急激に上達しつつある。
モハマザイはウソをつかない。物を盗まない。これはパキスタンでは、まったく
奇跡に近いことなのだ。モハマザイは、今までに僕が会ったパキスタン人の中で最も
善良だ。とびぬけて正直者だ。ここでは、大ウソつきだけが金持ちになってのさばり
、正直者は地を這うような生活。いやな社会だ。くそったれ、パキスタン!
そして、ある晩。
「モハマザイ、今、何歳?」
「エヘヘヘ、知らない。25歳くらいかな」
「知らないの?・・・・誕生日は?」
「エヘヘヘ、知らない」
「・・・・と、と、ともかく、モハマザイ、二つ給料もらうようになったんだか
ら、これから毎月2000ルピ−貯金しろよ。そしたら、3年と数か月で結婚できるよ」
「うん、そうする」
「それから、英語も覚えないと僕がこの家を出る時、次の人に雇ってもらえないよ」
「勉強する。でも、アングレ−ジ−(English )、ムシキル、ムシキル(難しい)」
「チョ−キダ−ルだけじゃなくて、掃除とか、洗濯とか、アイロンかけとか、覚
えた方がいいよ。一人でなんでも出来たら、たくさん給料もらえるんだから」
「おお、おお、なんでもする」
それから、モハマザイは洗濯機の使い方を覚え、アイロンのかけ方を覚え、せっ
せと僕の服を洗濯し、アイロンかけをするようになった。
「モハマザイ、僕がこの家を出る時、アイロンも洗濯機もやるよ」
「エヘヘヘ、家に電気ない。ガスない。水道ない。ムシキル、ムシキル」
「ああ〜〜〜〜〜」
モハマザイはいろんなところで寝る。自慢のパキスタン式ベッドを僕の家に運び
こんで、玄関ホ−ルで寝たり、庭の前に持ち出して寝たり、最近は二階のバルコニ−
が気に入ってるみたいで、よくそこで寝ている。そこからだと、家の前の道路が見渡
せてちょうど見張りにいいのだそうだ。プロフェッショナルとしての配慮。
モハマザイはご飯もいろんなところで食べる。床や自分のベッドの上でちょこっ
と胡坐をかいて、うまそうに食べている。ある晩、キッチンに入っていくと、ど真ん
中で、ひょこっと胡坐をかいて、もぐもぐとご飯を食べているモハマザイが、妙な動
物に見えて腰を抜かしそうになった。最近のお気に入りの場所は玄関の前のタイルの
上である。
モハマザイは一日一食しか食べない、ということを最近発見した。毎朝7時にマ
ンガルカンが僕の部屋に紅茶かコ−ヒ−を持ってきて、僕はそれで目覚めるのだけど
、その頃にはもう、モハマザイは学校のお茶組みの仕事に出勤している。僕の家にモ
ハマザイの食物はない。ということは、モハマザイは朝ご飯抜きということである。
学校の仕事が終わるとモハマザイは僕の家に直行する。ということは、やはり、
昼ご飯抜きである。ちゃんと言えば、ご飯くらいあげるのに、何にも言わないから僕
は全然気が付かなかった。モハマザイは普通のパキスタン人と違ってとても遠慮深い
のだ。食事用のお金をあげてもいいけど、お金をもらっても、食物を買わずに貯金し
てしまうだろう。僕が仕事の帰りに翌日のモハマザイの朝食と昼食を買って帰っても
いいけど、僕はすぐに忘れるだろうし、どうせ邪魔くさくなるだろう。コックを雇っ
て、責任とってもらうのもいいけど、自分で料理するという楽しみが奪われる。この
対策はまだ、検討中である。
ところで、重要なモハマザイの晩ご飯は、近所に住む家族の一員が毎晩運んでく
る。毎晩8時頃、アルミ製の筒型の2段式お弁当箱を誰かが運こんで来る。8時前に
なるとモハマザイはそわそわし始め、8時を過ぎても誰も現れない時は、家の敷地と
道路を隔てるコンクリ−ト壁についてる鉄製のドアを半開きにして、ちょこんと座っ
て待ち続ける。敷地は外界の地面より1mくらい高くなっているので、外に向かって
敷地側に腰掛けて足をブラブラさせて、ただひたすら待つ。時々、僕が寝ていたりす
ると家まで、晩ご飯を取りに帰ってしまう。目が醒めて、モハマザイがいないのに気
が付き、職務怠慢だ!とムカムカして、戻ってきたら「どこ行ってたんだ!」と怒鳴
りつけてやろうと思っていても、お弁当箱をさげてニコニコしながら「ご飯、取って
きた、ご飯、ご飯」と言いながら歩いてくるモハマザイを見ると怒鳴る気も失せてし
まう。「ああ、そう、ご飯・・・」。
アルミ製筒型2段式お弁当箱の、1段には、大きな円形のロ−ティ−(パキスタ
ンのパン)がきちっと折り畳んで入れてある。もう一段には、何だか分からないオカ
ズ(たぶんカレ−状のもの)が入ってる。これだけ。
モハマザイはお祈りもいろんなところでする。僕の家は、玄関ホ−ルのようなも
のが二つに、いわゆるリビング・ル−ムのようなものが四つある、という妙な設計な
のだけど、モハマザイはそれぞれの場所のお祈りの効力をまるで試すかのように、あ
っちこっちでお祈りしてる。なんせ、イスラム教徒は一日5回お祈りしないといけな
いから、大変なのである。
お祈りの時、床に小さい風呂敷のような、絨毯のようなものを敷くのが普通なの
だけど、モハマザイはそれを持ってないらしくて、僕の捨てたダンボ−ル箱の一部を
引きちぎってそれを床に敷いてお祈りしている。ダンボ−ル箱の切れ端の上に座って
お祈りしている姿はどう見てもみじめなので、ちゃんとしたお祈り用の布を一枚買っ
てやろうと思っている。
モハマザイはイギリスとアメリカが同じ国だと思っていた。モハマザイは外国人
をみんなイギリス人と呼ぶ。ジャパンではウルドウ−語もパシュトゥ−ン語も喋らな
いと云ったら、モハマザイはびっくりした。アメリカにもイギリスにもジャパンにも
イスラム教徒はいると云ったら、モハマザイは「おおっ!」と云って感嘆した。僕に
、結婚しているのかときくから「していない」と答えると、「ムシキルか?」と聞き
返すので、「ムシキルじゃない」と答えると、モハマザイは混乱して、しばし宙を見
て考えこんだ。
この世には恋愛というものがあって、恋愛と結婚は、貯金と結婚よりも関係が深
いこともあって、恋愛と貯金と結婚の三位一体説も有力だけど、そのう、要は、ムシ
キルとかムシキルじゃないという問題ではなくて・・・・、なんてことを説明するの
はとても不可能なので、僕もいっしょに宙を見て考え込むことにした。
しかしねえ、恋愛の存在しない国に住んでるなんてねえ。過去20年間、飽きも
せず恋愛中だったので、まあこういうのも新鮮でたまにはいいもんだとも思うけど、
時間の無駄使いという気もしないでもない。モハマザイに恋愛を教えるのは不可能だ
けど、とりあえず、世界地図だけはあげよう。ひょっとしたら、世界地図から恋愛の
インスピレ−ションを得るかもしれない・・・・・・・。