− カタム・ホーギャと泣かるる冬の虫 −

 

< The Quetta News >

 

  「クエッタはバロチスタン州の州都である。バロチスタン州はパキスタン最大の

面積を持つ州で、面積は全土の40%を占めている。しかし、ここに住む人は約 435万

人で、パキスタン全体の僅かに5%にしかならない。標高1000m以上の高原は、ほと

んどが砂漠地帯。人間が定住するにはあまりにも厳しい環境ということだろう。・・

・」(『地球の歩き方・パキスタン』p.319 )

  そうだったのか・・・。自分が住んでいるところなのに、知らない場所のような

気がする。きょう初めて、いわゆるガイドブックで、クエッタを発見し、うれしい気

持ちで読み始めたら、こういう言葉に出会って、しばし感慨にふけってしまった。こ

んなところに住んでいたのか、と。

  酷暑の夏がきっぱりと去って、極寒の冬がやってきた。体調を崩しているスタッ

フがたくさんいる。 UNHCRのインターナショナル・スタッフは壊滅状態といっていい

くらいだ。朝晩は零下にまで下がるのに、日中はまだ30度近くになる。この差に身体

はなかなか対応できないのだろう。僕も風邪をこじらせて、ICRC(国際赤十字委員会

)のお世話になった。結核の疑いは晴れたけど、肺炎に気をつけた方がいいと言われ

た。結核は日本では、ほとんど絶滅したかのような印象があるけど、ここでは現役の

病気だ。

 

  モハマザイは10月になって「引越」したと報告に来た。どこからどこに引越した

のかというと、僕の家の2階のバルコニ−から、庭にある小屋の中に引越したのだそ

うだ。寝る場所をかえただけの話である。「冬がやって来た、冬がやって来た」と何

度も僕に警告するように言っていた。

  モハマザイには、引越の1ヵ月以上前に毛布を買ってあげた。外で寝るのは寒く

なってきただろうと思ったからだ。しかし、モハマザイは僕のあげた毛布を使わずに

、つぎはぎだらけの、垢で黒光りした大きな雑巾のようなものにくるまって寝ている

。とても、あったかいのだそうだ。僕のあげた毛布は、何年後になるか分からない結

婚の時までとっておくようだ。もっと安物を買うべきであった。

  セ−タ−もあげたけど、イタリア製だと言ったら、それもしまいこんでしまった

。中国製のスエットシャツはどうやら納得できたらしく、家の中だけで愛用している

。もう一つモハマザイが愛用しているのは、僕がゴミ箱に捨てた、穴のあいた靴下で

ある。いつのまにか、それを拾って履いていた。「ちゃんとしたのをあげるよ」と、

あまりはかない真っ白の靴下を4足あげたら、それもしまいこんでしまった。「どう

してはかないんだ」と詰問したら、白いのは汚れが目立つから、毎日履くのに適さな

い、という。そう言えば、僕の捨てたのはア−ガイル模様だった。こうやって僕の善

意はことごとく裏目に出る。善意とはそういうものだ。そうでなくっちゃ!

 

  時々、寒さで夜中に目がさめる。

 

  モハマザイが風邪をひいた。のどが痛い。鼻が出る、という。抗ヒスタミン剤を

あげる。マンガルカンも風邪をひいたみたいだ。頭が痛い、熱がある、フラフラする

と、フラフラしながら訴えにくる。アスピリンをあげる。

  庭師が僕の事務所の部屋に泣きそうな顔をして何かを訴えに来たが、何を云って

いるのかよく分からない。「歯が痛くて、熱くて、冷たいクリ−ム」、僕が分かった

単語はこれだけだ。モハメッド・アリを呼んで通訳してもらうと、「虫歯がいっぱい

あって痛い。ほっぺたが熱いので、ほっぺたを冷たくするクリ−ムが欲しい」という

ことだった。ヤレヤレ・・・。

  「そんなクリ−ム塗ってもどうしようもないよ。虫歯を治さないといけないのだ

。歯医者に行けよ」。

  「でも、ほっぺたが熱いから・・・」

  「虫歯を治せば、冷たくなるのだ。ほっぺただけ冷たくしてもしょうがないの」

  しかし、庭師はなかなか納得しない。モハメッド・アリは癇癪を起こし、「クリ

−ムなんかほっぺたにぬってもしょうがないんだ!歯だ、歯!歯!歯が悪いの!」な

どとまくしたてるが、庭師は腫れあがった頬を手でおさえて、悲痛な目をして納得し

ない。

  「ともかく、今これを服めよ」と云って、たまたま持っていたディシピリン(痛

み止め)をやったら、やっと納得した。「後で、歯医者に行けよ!」と言ったけど、

たぶん行かないだろう。お金がないのだ。彼らに病院に行くなんて贅沢はできない。

庭師の月収はUNHCR からもらってる 800ルピ−と僕のあげる 600ルピ−合わせて1400

ルピ−、一回、医者に行けば、300 ルピ−はかかる。一回医者に行って月収の20%を

使うわけにはいかないだろう。でも、お金はあげなかった。

  『僕がいなければ、どうするつもりだったのだ?』彼らが頼ってきた時、しばし

ば、そう自問する。僕にはチャリティ精神に酔う習慣がないし、どんな人間の依存体

質も払拭できるものだという夢もまだ捨てられない。しかし、多くの人が非難するよ

うに、UNや NGOには、生存ではなく依存するだけの、みじめな人間を育成するチャリ

ティ精神が無反省に羞かしげもなく蔓延し、他人を自分に依存させることに陶酔する

ナルシズム、依存させることによってその人間の「生きる」という人間の栄光を奪う

残酷さにも気づかない鈍感なナルシズム、が跋扈するのは事実だ。まあ、それはとも

かく、僕は医者じゃないのだから、なんにもできないのだけど、気休めにあげたつも

りの薬が、困ったことに驚くほどよく効くのだ。だから、ますます、頼ってくる。し

かし、皮肉なことに、僕には全然効かない。

 

  11月になって、また凄まじい下痢に襲われた。腰や背中が痛くてのたうちまわり

、夜中に何度も嘔吐し、遅刻、早退を繰り返し、おまけに所長もインフルエンザで、

事務所に来たり来なかったり、イスラマバ−ドの僕のボス(リーガル・セクション)

もインフルエンザで、まったく指揮系統ムチャクチャで一週間ほど仕事にならなかった。

  僕はあらゆる薬を服んだけど全然効かず、「これは虫だ!」ということに世間の

意見が一致し、フラジャイルという薬を始めることにした。これは虫くだしみたいな

もので、クエッタのインターナショナル・コミュニティで最もよく愛用されているの

ではないかと思う。ある一定量常に身体に入れておいて、お腹の虫どもを壊滅するの

である。一回2錠、一日三回服んで三日でだいたい虫は全滅するのだけど、僕の場合

、三日経っても何の効果もなく、ひたすら嘔吐と下痢は続いた。まったく、頭に来る

。もうどうすればいいのか途方にくれる。馬鹿馬鹿しいので、僕は服用を止めたけど

、ICRCの事務長のクリスチャンは、僕とちょうど同じ症状で癇癪を起こし、当の赤十

字の医者が止めるのもきかず、五日間でフラジャイルを60錠も服んでしまった。それ

も毎朝一気に12錠づつという過激な服み方で。気持ちはよく分かる。ほんとにこの下

痢は苦しいのだ。クリスチャンの下痢は幸い止まったけど、かなりぐったりしていた

。肝臓に悪いことをしたと思うんだけどなあ。

  僕はどうしたかというと、自然治癒力に賭ることにした。薬も医者も頼らない。

頼りにならないから。夏に一度、同じような症状プラス高熱で「国連指定医」(!)

に診てもらうと、マラリアだと診断され、しばらくマラリアの薬を服んだけど全然効

かず、ほとんど失神状態で軍病院に運ばれると、マラリアではなく何らかの感染性の

下痢であることが分かった事がある。まったく頼もしい「国連指定医」だ。しかし、

「国連指定医」の名誉のために云っておくが、普通の医者はもっとひどい。

 

  今年の夏、マンガルカンの1歳くらいの子供が病気になった。下痢が止まらない

と言うが、どんな病気なのかよく分からない。医者に連れて行ったか、ときくと「連

れていったけど、悪い医者ばっかり、注射いっぱい打ってお金とる。治らない」とい

う。2、3日して、また、きくと、まだ治らないという。どこの医者だときくと、バ

ザ−ルの医者だという。バザ−ルの医者? なんじゃ、そら? つまり、「普通の医

者」。マンガルカンと会うのは、いつも出勤前の忙しい時だけである。詳しいことを

聞いている暇がないので、一番いい医者に連れて行くようにと云って、500 ルピ−渡

した。それから、数日後のある朝、マンガルカンが家に来ない日があった。マンガル

カンとモハマザイの交替時間後に事務所から家に電話してもモハマザイもいない。事

務所からモハメッド・アリを僕の家に偵察に送ると、電話がかかってきた。「マンガ

ルカンの子供が死んだ。子供を土に埋めに行ってたので、二人ともいなかった。今は

モハマザイがいる」という。「死んだ!」僕はびっくりした。「死んだの?なんで?

ほんとに死んだの?死んだ?」。僕にはあまりにもあっけなく思えた。だから、どう

も信じられなかった。「お前、そんなに驚いてたら気狂うぞ。ここではみんな簡単に

死ぬんだ」と、たまたま僕の部屋で油を売っていたジョンが僕に言う。そうだな、こ

の地域では新生児の二人に一人(おそらくもっと)は48時間以内に死ぬのだ。僕は落

ち着いて葬式はどうしたらよいか、何を持っていったらいいのか等、モハメッド・ア

リに尋ねた。

  「葬式?! ハッハッハ。そんなものないですよ。勝手にそこらの土を掘って、

もう埋めたんですよ」。

  葬式などという儀式は上流の人の死に限られるということだった。チョ−キダ−

ルの子供に葬式はない。次の日、マンガルカンは何事もなかったかのように、僕の家

に出勤してきた。「バッチャ−・カタム・ホ−ギャ−」と一言云って、また、いつも

のように、もくもくと家の掃除を始めた。

  「バッチャ−」=子供

  「カタム・ホ−ギャ−」=終わった、潰れた、死んだ。

 

  さて、自然治癒。つまり絶食して虫を殺す。しかし、虫が餓死する前に自分が衰

弱したり餓死してもしょうがないので、数種類のビタミン剤を服んで、トイレに行く

たびに腕立て伏せをすることにした。筋肉は使わないとすぐに退化するのだ。この「

絶食・ビタミン・腕立て伏せ」のコンビネ−ションは、なんと三日めに効果を顕し、

四日めには一日一回ヨ−グルトを食べるまでに回復した。五日目にはバナナにオレン

ジジュ−スまで加わるという豪華な食事になった。しかし、なんせ圧倒的にカロリ−

が少なく、仕事をしていても車を運転していても、力が入らなく、宙を浮いているよ

うな感覚である。それでも、フラジャイルの服み過ぎでフラフラになるより、ずっと

ましだ。とうとう、フラジャイルではなく、自然治癒力が虫を撃退したのだ。冬の虫

、カタム・ホ−ギャ−。

  日本を発ったときの体重88kg、現在の体重73kg。ちょうどよくなった。やせたい

人はどうぞクエッタへ。

 

  モハマザイは11月になって、また「引越」した。僕の家の中のリヴィング・ル−

ムに夜、自分のボロ布を持ってきて寝るのだ。小屋は寒くて耐えられないのだろう。

普通、チョ−キダ−ルは主人の家に立ち入ることも許されない。リヴィング・ル−ム

で寝るなんて論外だ。チョ−キダ−ルが僕の家の中で寝ているというと、パキスタン

人も外国人もみんな驚く。実際、今も多くのチョ−キダ−ルが、寒風吹き荒ぶ零下の

屋外で、ボロ布にくるまり、じっと主人の家の門を見張っている。パ−ティ−へ行く

たびに見る冷たい光景。

  リヴィング・ル−ムでも床は石だから寒そうにみえる。ベッドに敷くマットを一

枚あげた。−−−愚鈍なチャリティに残酷で鈍感なナルシズムか・・・。−−−モハ

マザイは、自分のボロ布の上にそのマットを敷いた。「違う、反対だ。マットを敷い

て、その上にそのボロを敷くの。ところで、僕のあげた毛布は?」

  「まだ、まだ。もっと寒くなる。ディッセンバル、ディッセンバル(December)

」そういうことなの? 本当に? ともかく、来週、12月だ。はたして、モハマザイ

はあの毛布を使うだろうか。

 

注1:「虫」とは比喩である。大きな昆虫がお腹の中を動き回っている訳ではない。

中国三千年の故事「大変」を本気にしているような人がいたので、念のため。

注2:下図のような、口が上下左右に開く奇怪な虫がクエッタにいる。サソリの一種

らしい。家で2匹捕まえた。ミネラル・ウオーターのボトルで飼ったが、何をやって

も食べず一週間でカタム・ホ−ギャ。