今年の初夢

今年の12月30日の日も暮れようとしていた。
3ヶ月前に勤め先の会社からリストラを言いわたされた土肥まことは、名古屋の栄町をうろついていた。
ヨメさんからも愛想をつかされ無一文で家を追い出されてしまったのだ。
栄町も一時の賑わいはなく、閑散として見えるのは気のせいなのだろうか。
もう大阪へ帰るしか無い、と思いたったのはいいが財布の中の小銭も底をつき、残りはわずか80円というていたらくだ。
ええわい、行けるところまで行ったろ。
と歩き始めて3時間。
駅が見えたので行ってみるとそこは刈谷駅。
なんじゃい反対方向に向かって一生懸命歩いとったんか。
もうええ、無賃乗車したろ。
「オッチャン、ちょっと駅のトイレ貸してな。これトイレ代や」と改札に80円をポンッと置き、ホームへ向かった。
ゴミ箱へ財布を投げ捨ててそのまま東海道線で西へ向かった。
あちゃー。財布に免許証入れとったな。
ま、ええか。
尾張一宮で快速を乗り継ぎ米原で寝る場所を探したのはそれが終電だったからだ。
今夜は駅で夜明かしやな。
駅のベンチに腰を下ろし、土肥は考えた。
大阪行ったら誰んところへ行ったろか。
土肥の頭に浮かんだのは、昔のバイト仲間だったヒゲオヤジである。
ヒゲオヤジは去年、大阪の商社に中途採用で入社した後、係長、課長代理、課長、副部長、部長と2ヶ月置きにとんとん拍子に出世して、今やかなりはぶりがええと聞いとる。
今だに「テニスボーイの憂鬱」をわがバイブルとしてこのご時世にテニススクールに足しげく通い、しょっちゅう女にも手ぇ出しとる、ちゅううわさや。
よっしゃ、あそこ行ったろ。

ヒゲオヤジこと大縞照夫は一人で西宮のマンションの一室にたたずんでいた。
そのマンションは震災後に建てられた新築のマンションで、新しい居住者ばかりで近所付き合いなどは皆無である。
隣りの奥さんをちらっと見かけた事はあるが、外で会ってもわからない。
相手もたぶん無精ひげの男ぐらいの印象しかないだろう。

ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。
「はーい。だれ?」
「ヒゲオヤジ、俺や」
土肥は無精ひげでヒゲオヤジに負けず劣らずのひげ面になっていた。
「ええ!だれ。ひょっとしてドイチャン?どうしたのこんな時間に。紅白歌合戦始まっちゃうよ」
「なんも聞かんととにかくなんか食べさせてくれへんか」
「いいけど、カップラーメンくらいしか無いよ」
カップラーメン三つを一気にたいらげた後、土肥は言った。
「金、くれ」
「・・・・・・」
「ええから金出さんかい!」
「あったらいくらでも貸してあげるんだけど、残念ながらうちには現金置いて無いんだよね」
土肥から一通りの事情を聞いた照夫は、「ふーん、そういう事か。それならこの部屋にそのまま住んでくれてもいいよ」
「どういうこっちゃ。正月どっかへ出かけるんか」
「いや、正月ばかりでなくずっと暮らしてくれてもいいよ」
「どういうこっちゃねん」
「いや、もう3ヶ月も前から在宅勤務しててね。女房は毎日家に居られると鬱陶しいって出て行っちゃったし、ちょうどいいよ」
「どこ行くんや」
「彼女と一緒に南の島へ移住する。ああ、それとね、もうたぶん帰ってこないと思うからそのまま僕になってもらって仕事続けてくれてもいいよ」
「そんなもん、仕事なんか出来るわけ無いやろ」
「いや、3ヶ月は絶対に大丈夫。会社と得意先には電子メールのやりとりをするだけで電話もしない。その3ヶ月先の仕事もしちゃったし。あのパソコンの『お仕事』というフォルダの中に送り先別に送信する日をそのまんまファイル名にしてあるから、その日が来たらそのファイルをメールに添付して送るだけでいい。3ヶ月もやってれば慣れて来てもっと続けられるかもしれないよ。はい、給料はここに振り込まれる」
と言って照夫は通帳と印鑑、キャッシュカードを土肥に渡した。
「そんなおいしい話あってもええんか」
ファイルをメールに添付するってどないするんやったっけ。
土肥がとまどっている間に照夫は一通りの荷造りをし、「それじゃ、青い鳥の住む南の島へ行ってくるね」と言って出て行った。

家を出た照夫は半年前にテニススクールで知り合った翔子のアパートへ向かった。
ああ、まさに紙一重のタイミング。
ドイチャンが来るのが後10分遅かったら、もう手遅れになるところだった。
照夫は一年前から勤めた会社では社長の息子の部長に気に入られ、とんとん拍子に出世し、息子が取締役に昇格すると同時に部長までなったが、その出世の先に待っていたのが奈落の底だった。
前任の部長時代の収賄容疑の泥を被ってしまい、あやうく刑事事件にまでなる手前までいったが3ヶ月前に懲戒免職という事でけりはついた。
現在失業中の身なのである。
それでも翔子との仲だけは続いていた。
妻の照子は当然それに気がついていたが、今日の朝、とうとうその怒りが爆発した。
照夫も逆上してしまいカッとなってついに照子を絞め殺してしまったのだ。
照子の遺体は西宮埠頭に置いてきた。
すぐに発見されるだろう。
照夫は以前にインターネット上で見つけた「薬売ります」の伝言メモから仕入れていた劇薬を飲んで死ぬつもりでいたのだ。
まさに死のうとした直前に土肥が現れた。
これは南の島へ行って人生やり直せ、と天が言っているようなものだ。
さっそく偽造パスポート屋の毛呂くんのところへ行ってドイチャンの名前でパスポート作ってもらおっと。
旅行代理店に勤めていた毛呂は不況のあおりを受けてまともな旅行業では食べて行けなくなり、今ではフィリピン人や中国人相手に偽造パスポートを売る仕事で生計をたてていた。
土肥は無精ひげがぼうぼうで見たところ自分とそっくりだったではないか。
玄関で彼を見た時、鏡に映った自分を見たのか、と一瞬目を疑ったぐらいだ。
それにどこかの駅で免許証入りの財布まで捨てて自分を証明するものは何も持っていない。

 そのころ仕事好きの梅腹刑事は照夫の家へ向かっていた。 ピンポーン。「大縞さんはご在宅ですか」 「はい、私が大縞ですが、今紅白歌合戦を見てる最中で忙しいんです」  









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