1999年の初夢(続編その2)

 

ニセの大縞こと土肥は死体安置所のドアの前で立ちすくんでしまった。

「さあ、固まってないで、どうぞ、中に入ってください。」

この場にはおよそ不釣り合いな明るい声で、目元には笑みさえ浮かべながら、しかし強引に梅腹刑事は土肥の背中を押した。

大型のコインロッカーのようなものが並んでいた。

梅腹刑事がそのうちの一つを開け、台を引き出し、顔に被せられていた白い布を取った。

「照子!てるこおおおお〜〜〜。」

土肥は大縞の妻を結婚式の時に一度見たきりだったから、はっきりと顔を覚えていなかった。しかし、ここはとりあえず大縞になりきらねばと、気味の悪いのをがまんして死体に泣きすがった。

「やはり、奥様にまちがいありませんか。」

「は、は、はい。おおお〜ん、おおお〜ん。」

「そうですか。誠にお気の毒・・・・・あ、失礼しました。

隣のケースを開けてしまいました。因みにこの御遺体は男性のようですね。」

「ようですねって、あんた、しっかりして下さいよ。」

「はっ、すいません。こちらでした。どうぞ、御確認下さい。」

再び梅腹刑事が引き出してきた台に乗せられていたのは、確かに30代の女性だった。

「妻です。妻の照子です。」さっきの間違いでしらけてしまい、もう、芝居をする気になれなかったので、土肥はそれだけ言うとくるりと背を向けてすたすたと部屋を出てしまった。

 

「死因は何なんですか?刑事さん。」

「それがですね、どうやら絞殺らしいです。ですから殺人事件として捜査を始めてるわけなんですが・・・大縞さん、今日は朝から一日家にいらっしゃいましたか?」

「な、な、なんや?俺が疑われとるんですか?」

「いえ、そういうわけではありません。参考までに。」

「ずーっとテレビ見てましたよ。」

「奥様は朝、何時頃お出かけになりました?」

「何時やったかいな・・・・」

(下手なこと言うたら、あとで辻褄が合わんようになるな。死亡推定時刻に家におったいうことになったら、具合悪いから、早い時間から出たことにしといた方がよさそうやな。)

「ええーっと、6時過ぎや。」

「6時過ぎ??そんな早い時間から買い物に?」

「いや、ちゃう、8時やったかいな。」

「それでも早いですね。そんな時間から開いてる店があるんですか?」

「この近所やなくて、遠くのスーパーへ行く言うてました。」

「ほう、遠くのスーパーですか。西宮から2時間ぐらいかかるようなとこと言えば、例えば和歌山とか。」

「そうや、そう、そう和歌山言うてました。」

「それでは、和歌山のスーパーに行くと言って朝8時に家を出られた。それで間違いありませんね。」

「間違いない、と思う、けど。」

「そうしますと、奥様は朝8時に家を出られてから発見された午後1時までの間に何者かによって絞殺されたということになりますねえ。」

「通り魔とか、強盗とか、そんなんでしょうか?」

「我々も最初はそう考えました。バッグとか財布とか、そういうものを一切携帯されてませんでしたから。でも、一つ妙なことがあるんです。」

「ん?」

「お出かけになった時の奥様の服装を覚えていらっしゃいますか?」

「さあ・・・嫁はんの服装なんか、いちいち気にしてませんからねえ。」

「そうですか。奥様はこの寒い次期に、しかも朝8時に家を出られたというのにですよ、薄いセーター一枚しか身につけていらっしゃらなかったんです。まあ、犯人がバッグと一緒にコートを持ち去ったということも考えられなくはないですが、常識的に考えて、着古しの、いや、失礼、新品でもないコートを持ち去りますかねえ。」

「・・・」

「これは、あくまでも仮定ですがね、奥様は初めからコートを着ていらっしゃらなかった。つまり、どこか室内で絞殺されて、犯人が西宮埠頭に運んで置き去ったのでないかと。」

「う〜ん、とすると、嫁はんは・・・えっ?まさか・・・」

「大縞さん。」

「はい?」

「奥様は本当に今朝8時に家を出られたんですか?」