まだまだ続く初夢

 

さて、ところ変わってここは南の島。

バヌアツ共和国のポートビラという町に大縞と翔子はいた。

正月の3が日を翔子のアパートで過ごした大縞は翔子と共に4日の関空発のエールフランスで日本を出国した。

ニューカレドニアのタントゥタ空港まで空路、約8時間。

正月休みが終わったばかりのためか、タントゥタ空港では日本人観光客はほとんどおらず、見かけるのはフランス人観光客ばかりであった。

気温は摂氏23度。ほどよい気候である。

タントゥタ空港から更に15人乗りのプロペラ機で2時間乗り継ぎ、エファテ島という島に到着した。

それがこのバヌアツ共和国の首都ポートビラのある島である。

二人の目的地の島は更に先である。

その島への定期便などは無い。プロペラ機をチャーターするつもりだ。

仲間からの知らせによると、チャーター料金は$500が相場との事だった。

仲間というのは大縞の20年来の酒飲み友達らで作ったグループで、彼らは南の島に独立国を建国する事を計画している。

気の早い連中は既に去年から移住をはじめていて、これからの建国に向けての計画を毎週メールで送って来ていたのだ。

そういえば、ドイチャンにもこの計画への参加を呼びかけていたんじゃなかったかな。

去年の今頃のメールのやり取りを大縞は思い出していた。

あの頃はまさか自分も参加するとは思ってもいなかった。

「大の大人が夢みたいな事を」

「なんと物好きなやつらだ」

と苦笑しながら仲間のメールを読んでいた自分の姿が思い出された。

 

 

パイロットは白髪まじりのじいさんだった。

ここの通貨はバツーというのだが、USドルも使える。

相手が$800と言って来たので、相場の$500まで値切るつもりであったが、翔子がいとも簡単にOKしてしまった。

翔子にはこの旅でかなり散財させている。

なんせ一文無しで飛び出して来たのだ。その後の費用一切合切はすべて翔子が負担してくれている。

 

 

プロペラ機は巨大なヤシが生い茂る町を飛び立った。眼下には熱帯樹木で覆われた山が見える。

パイロットのじいさんはメラネシア系の人間なのか異様に肌の色が濃い。

動きも緩慢で、超スローテンポである。操縦桿を握らして本当に大丈夫なのか、と少し不安にもなる。

 

飛び立ってから2時間もたったであろうか、目の前に急に暗雲が立ちこめて来た。

と、思った瞬間、ピカピカッと稲妻が光ると同時にドカドカドッカーンという轟音。

動きの緩慢なはずのじいさんが急に敏捷になり、プロペラ機は急降下で高度を下げ、低空飛行でかろうじて難を逃れた。

上空には未だ暗雲がたれ込めている。

その時、一つの島が目に入った。

パイロットのじいさんが何かを叫んでいる。

このまま飛行を続けるのは危険なので、一旦非難着陸すると言っているらしい。

やれやれ、$800もぼったくっておいてまともに目的地まで辿りつかないのか、大縞はため息をついた。

島に不時着陸した後、じいさんは念入りに飛行機を点検しながら、上空を見つめている。

あいつには時間の感覚なんてないんじゃないか。こんな調子じゃ日が暮れちゃうよ。

とぼやいてはみたものの、パイロットは彼一人。まかせるしか仕方がない。

「ちょっと歩いてみようよ」

翔子に促され、大縞は翔子と島を探検してみる事にした。

「あれ、何?」

しばらく歩いて行くとなにやら金色に光るものが目に入った。

近づいてみて、二人は目を疑った。金の塊なのだった。

よく見るとあちらこちらが金色に光っている。

中にはかなり掘り返されたところもある。

「す、すごい」

そこはまさに黄金の島なのであった。

これで、俺達も大金持ちだ。それだけじゃないぞ。これだけの金塊があれば仲間達の独立国の建国費用も充分だろう。

人生、捨てたものではない。大縞はつくづくそう思った。あの時、あの大晦日の夜、死んでしまおうと考えていたどん底が嘘の様だった。

ドイチャンには気の毒な事をしてしまったが、まさにドイチャンさまさまである。

なんとしてでもこれを運ばなければいけない。

一回のフライトで運べる量などたかが知れている。何回かに分けて運び出す事になるだろう。

そうなると、じゃまなのはあのじいさんだ。

あのじいさんに秘密にしたまま金塊を持ち出すのは不可能だ。

初回の金塊を運んだ後、俺達が次の輸送手段を確保している間にあのじいさんにここの金塊を持ち出されてしまうだろう。

大縞は翔子と話し合った。

俺達にあのプロペラ機が操縦できるだろうか。

結論は「できる」だった。あの緩慢なじいさんに操縦できるぐらいだ。

テニスで鍛えた俺に出来ないはずが無い。

それに昔、伊丹空港のフライトシュミレーションで操縦桿を握って合格点をとった事もある。

手持ちの袋の中身を捨てて、金塊を詰め込みプロペラ機まで戻ってみると、じいさんは相変わらず上空をぼんやりと眺めていた。

じいさんの背後から近づき、金塊入りの袋で思いっきりじいさんの後頭部を叩きつけるとじいさんはいとも簡単に事切れてしまった。

それから、二人は金塊をプロペラ機に詰め込めるだけ詰め込み、日が暮れる前に出発する事にした。

 

大縞はじいさんがやっていた様に、スターターをひねり操縦桿を手にした。

さぁ、離陸するぞ。

なんだ、案ずるより生むが易しとはまさにこのことだな。簡単なもんだ。

離陸さえしてしまえば、後は目的地目指して一直線だ、と高度を上げた瞬間、またもや雷がプロペラ機をおそった。

「翔子、身体を固定してろ。この雲を突破してやる」

と強行突破を試みた大縞であったが、詰め込みすぎた金塊の重量でバランスをくずしたのか、落雷で機体のどこかが破損してしまったのか、バランスが保てない。

そのまま、島に激突してしまった。

命からがらプロペラ機から脱出した二人は、奇跡的に無傷であった。

ところが、肝心のプロペラ機は大破してしまっている。

これじゃまるで「6DAYS 7NIGHTS」の映画みたいじゃない。

こんなところでえんえんと助けを待ってろって言うわけ?

普段は不平を口にしない翔子であるが、その口からもぼやきがもれる。

海岸に打ち寄せる波の音がことのほか力強く聞こえる。

 

その時、どこからか人の声が聞こえた。

まさか、人が住んでるのか?

二人は人の声がする方向に向かって歩いて行った。

ん?原住民というわけでもなさそうだ。

集まっていた人達はこの一帯のメラネシア系、ポリネシア系の人達の顔では無かった。

西洋人?何?日本人らしき顔もあるぞ。

「ようこそ、わが黄金の島へ」

「え、あなた方はこの島に住んでいるのですか?」

「そうですよ」

「では、金塊の事も」

「ええ、もちろん知っていますよ」

「じゃあ、あの金塊を掘り返してたのはあなた方なんですね」

「まぁ、昔はそんな事もやりましたかねぇ」

「・・・・・・・・・」

「ほら、あれをごらんなさい」

男が指さした先には何十機もの大破したプロペラ機のスクラップが山になっていた。

「それじゃあ、あなたがたも遭難したんですね」

「ええまあ、遭難と言うんですかねぇ。あなた達と同じですよ」

とまた別の方向を指さした。

そこには白骨と化した人間の骨の山があった。

「あれは、みんなあのプロペラ機の操縦士達ですよ。みんなあなたと同じ様に操縦士からプロペラ機を奪って金塊を積んで運ぼうとしたんですがね。誰一人として成功した者はいない」

「なぜ、助けを求めないんです?あれだけの機材があれば中には無線機だってあるでしょう」

「それは、あの雲がある限り無理なんですよ。この島は常にあの雲に覆われているんです。あの雲はどんな電波だって通しゃしない。それにあの雲に覆われている限り、この島は永遠に地図に載らない。つまり発見される事が無い島なんですよ。宇宙衛星からも見えないはずです」

「じゃあ、あなたがたは外の世界とまったく連絡もとらずにこの島に何年も住んでいるという事ですか」

「その通り」

「そんなばかな」

「最初はみんなそう思うんですがね。住んでみればなかなか住みごごちがいいんですよ。あの雲に覆われているおかげで一年中この快適な涼しさを味わえるしね」

そう言えばここは赤道の近くである。

それなのにあの汗ばむ様な暑さはまったく無い。

「あの雲の恵みはほかにもありますよ。あの雲によって海の温度がまわりと極端に違うからなんでしょうね。海の温度差が大きいところには魚が集まるんですよ。ですからここでは食べ物にも不自由しない。それに一日に一回はスコールを降らしてくれるので飲み水にも不自由しない。そしてその適度な雨がいいんでしょうか、この島には果物も豊富です」

「でも世界で起こっている事を全然知らないんでしょう?」

「それは心配無いですよ。年に2〜3人はあなた達のような人が迷い込んで来てくれて外の世界の情報も教えてもらえる」

その時、目の前を青い鳥が飛んで行った。

「あ、青い鳥」

「そうです。黄金に囲まれた青い鳥の住む豊かな島、誰もがこんなところで暮らしてみる事を夢見てたんじゃないですか」