その(5)
1999.01.23 <ハナチン>
「ろばのステーキ」
「ろばのステーキ」
「ろばのステーキ」
「ろばのステーキ」
「・・・・・・・」
あかん、あかん。何を言うてるんや俺は。
ロバは我に返った。
振り上げたナイフを下ろしながら、とんでもない事を口走ってしまった自分を恥じた。
こいつがしゃべるわけ無いやないか。幻聴や幻聴。
昨日の宇宙船の白昼夢と言い、今日の幻聴と言い、ろくでも無い事が続きよるで。ほんまに。
少し歩くと小高い丘が見えてきた。
丘の上には小屋が見える。小屋はこの一帯で内戦が有った頃の見張り小屋のようだった。
水は無いか、水は。中へ入ってみると、水は無かったが、ほこりをかぶった缶コーラがあった。
ちょっと古いが缶詰などの食糧もあった。奥にはベッドまである。
小屋の裏手に廻ってみると、そこには飼料袋があった。
なんとありがたいこっちゃで。
缶コーラを一気飲みしたロバは、飼料袋から取り出したとうもろこしの粉をたらいに流し込むと、もう一本の缶コーラをぶちまけ、かきまぜてろばに与えた。
そしてありったけの缶詰を喰らうと奥のベッドで横になり、深い眠りに落ちた。
次に気がついた時、ロバは縛り上げられていた。
廻りにはよれよれの軍服姿の男達。
なんや、なんや。また内戦でも勃発したんか。そんなうわさは聞いてないぞ。
「!”#$%%$&’(’()=(’%$$%’)」
どこの民族やこいつら。俺も長い事このへん、放浪しとるからたいていの言葉はわかるけど、こんな言葉はじめてやで。
一人の男が
「)(’&%%$#$」
と叫ぶや否や、ロバは小屋の外へと連れ出された。
外では相変わらず落ち着き払った顔をしたろばがいる。
その時、ろばが
「#%&’$$、#%&%&」といなないた。
「&%&%&’#”!#!”$%%$%$」
「#!!”””)’%&###$#%&%&」と再びろば。
「#$””%#%$」
男達は叫びながら、あわててロバの縄をといた。
そして、「%&&’’&」と言って、さあ行け、とばかりにときはなった。
ほうほうの体で逃げ出したロバはろばに向かって言った。
「いったいどないなってるんや。なんでお前があいつらの言葉しゃべれんねん。まさかこれも幻聴か?」
「あほか、お前は。一体いつになったら気ぃつくんや」
「な、なに、お前しゃべれんのか」
「しゃべれるから、こないしてしゃべっとんねやろうが。当たり前の事聞くなよ。ほんまに」
「あー、何がどないなってんねん」
「ほんまの事、教えたろか。おととい、宇宙人がきよったやろ。あいつら最後あわてて帰りよったからな、自動翻訳機落として行きよったんや。それを俺が使わしてもろてんねん」
「何、宇宙人ってあれは白昼夢や無かったんかいな」
「おめでたいやっちゃな。お前みたいな知能程度のやつとしゃべっとったらこっちまであほになりそうや」
「えらい言いようやな。ほなさっきの軍服連中ともしゃべったんやな。何言うとったんや」
「あいつらな、クーデター起こした連中や。政府の偉いさん殺して軍をのっとったつもりやってんけどな。軍の下っ端の連中がさらにクーデター起こしよって、あいつら殺される寸前のところを逃げ出して来よったんや」
「えらい事情詳しいんやな」
「そら、お前がぐうすか寝てる最中からあいつらの会話全部聞いとったからな。普通の頭やったらそのくらいはすぐわかるで。そやそや、お前あいつらが隠しとった缶詰30個全部平らげたらしいな。えらい怒っとったぞ」
「げっぷ。ああ、ちょっと食い過ぎた。そやけどお前にもちゃんとメシ入れたったやろ」
「あれがメシかい。とうもろこしの粉に缶コーラなんぞぶちまけやがって、食えたもんやなかったぞ」
「まあ、そう言いなや。そやけどあいつらこの国の連中やったらなんであんな言葉でしゃべっとったんや。皆目わからんかったぞ」
「お前の頭ではわからんやろな。あれはな、あいつらの符丁や。あいつらクーデターの計画立てる時から、ほかのもんにはわからん様に自分らだけで通じる符丁言葉を作りよったんや」
「ほんで俺はなんで助かったんや?」
「あいつら、隣のガキズダン国にいる同志に助けを求めてるんや。一応先方へ連絡はしたらしいけど、返事が来えへん、と焦っとった最中やったんや。それで俺が一言、ガキズダン国からの使者のもんや、縄ほどかんかい、って怒鳴ったたんや。あいつらお前がしゃべっとると勘違いしとったで」
「ほんで助かったんか。お前なかなか機転がきくやないかい。ほんでその後、何言うたんや」
「今から逃走ルートを教えたるからついて来い。念のために1キロ後ろから来い、って言うたったんや」
「な、なんやて。なんちゅう事を言うてくれんねん」
と後ろを振り向くと後方約1キロのあたりに軍服の連中が機関銃を抱えてついて来るのが小さく見えた。