その(8)

 1999.01.30   <オグ>

それにしても、今度はえらい仰山書いたな。おまけにろばの言う通りやがな。

>ここまで話してもうたらこの連載もんの次の作者が困ってまうやんけ」

 

あそこまで書かれたら、わや、でんがな。粗筋がもう見え見えでっせ。この先、どうなるのかが分かってしもたら、もう誰も読みまへんで(今までどこの物好きが読んでたんか知らんけど)。ほんまに、困ったもんやな、ハナチンは。物語っちゅうもんはですな、その、「先が見えへん」「これから、どうなるんやろ」、っちゅうようにでんな、読者に思わせなあかしません。つまり、サスペンスでんな。それを、あんた、根こそぎにしてもて、ほんま、どないも、しよーがおませんがな。この続きを書けといわれても、、

 

>どうや、まだまだ続けてみるか?

、、、、そうかあ、ほな書こか。

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ロバは思った。

「なんやこいつ、これまで通り、やて? ずっと俺のことを下僕やと思うとったんか。昔家で飼うてた猫もそんな風に思とるフシがあったな。けど、あのミケは国家元首になるっちゅうような大それたことは考えてへんかったわな。なんせ、近所の野良猫にメンチ切られただけで、小便もらしよった。ま、そう考えると、このろばはなかなか大物かも知れへんぞ。エイリアンにも何か食ってかかっとったし、あの兵士たちも、完全に威圧されよったもんな。」

「お前、よう分かってきたみたいやな。」

ろばが突然振り向いて、そう言った。ずっとこちらの心を読んでいたのだ。ロバは、心底ぞっとした。だが、その恐怖の原因を追求しなかった。思考の流れを本能が堰きとめたのだ。深く考えれていれば、きっと、この突如高等化した獣に対して否定的な考えが浮かんだに違いない。本能は、そうした論理の流れを一瞬に組み立て、ろばの思考を推しとどめたのだった。

「お前、俺のことを恐がってるな。ま、それもええやろ。下僕は主人を怖がるもんやさかいな。」

さすがの超ハイテク翻訳機も、本能の動きまではたどれない。従僕が思考を停止したのは恐怖のあまりに過ぎない、とろばは思っていた。一瞬、ロバの頭に浮かんだ、巨大なろばがうずたかく積みあがった大勢の人間を踏み潰すイメージもまた、宇宙人の技術では捕捉できなかった。

イメージが消えた後、ろばは自分が始めて中洋に足を踏み入れた時のことを思い出した。人工物がほとんど地表を埋め尽くした観のある先進国に生まれ育った彼にとって、初めての中洋は異次元空間だった。広大な砂漠にかろうじてへばりついた泥作りの家々は、ほとんど蟻塚と変わりばえせず、その空間の中では、人間は大地の主ではなく、寄生虫だった。

「どうして、こんなことを思い出すのだろう。」

ロバは思った。本能が危険な思考の流れを効果的に遮っていることに、ロバ自身は全く気づいていなかった。

「俺が生まれた頃は、アルジスタンは北の民族に攻め込まれとったな。」

ろばがまたしても突然話し掛けてきた。どうやら、こちらの思考を読んで、自分も幼年期を思い出したらしい。ろばは話しつづけた。

「いや、単に攻め込まれたんやなくて、政府軍と反体制ゲリラとで内戦になったところに、北の民族が付け込みよったんやな。政府は、北の民族にとって、都合の良え思想をもっとった。で、そっちに肩入れしよったわけや。 悲惨な戦いやったな。北の民族はなんせ先進国や、最新式の殺戮兵器を持ってる。最初のうちは、ゲリラは好き放題に殺されたもんや。そらそやろ、空を飛ぶのは鳥だけやと思とったような人間が、いきなり攻撃ヘリに対抗できるわけがあらへん。ゲリラは、民間人のおる村に逃げ込みよった。そしたら、北の民族のやつらは、民間人ごと兵士を殺しよった。村は全滅や。そんなことが、あの国の至るところで起こったんや。

けどな、北の陣営もいつまでも優位は保てへんかった。なんせ北の民族に対抗する、西の民族が、ゲリラを援助し始めたからな。そもそも、アルジスタンは険しい山の多い国やさかい、ゲリラ戦に適しとった。戦車なんか、入っていけへんし、しかも補給路がかぎられてるから、兵站を叩くのが割合簡単なんや。問題はヘリやけど、これも西の民族が供与した対空ミサイルで封じ込めた。もちろん、ゲリラ自身にも補給とか輸送の必要はあったけど、武器が旧式な分だけ、それに部隊が小人数なだけ、有利やった。なんせ、俺の仲間が一、二頭おったら、事足りるさかいな。北の民族みたいなコンボイ部隊はいらへんかった。そんなわけで、西の民族は軍事援助として、我が同胞を数百頭単位で供与した。そのうちの一頭が俺の親父やった。親父は俺が生まれた翌年に、戦車砲でこっぱみじんになった。その翌日やで、北の民族が撤退を決定したのは。けど、俺は満足やった。俺の親父は正義に殉じたやからな。武器を持たへん者を殺す奴は、極悪人や。親父と、親父の仲間の活躍で、その極悪人どもを追い出したんや。上等やで。そう思たんや。

それが間違いやとわかったんは、ゲリラがとうとう政権をとった時や。あいつらが、何を始めたか。政権争いや。そのごたごたに巻き込まれて、俺の目の前で、ぎょうさんの民間人が死んだ。なんのことはない、ゲリラも極悪人やったんや。その時からや、俺が人間を下僕やと思うようになったのは。お前と出会ったも、その頃やな。俺は、ゲリラ軍、いや、その時には政府軍やったかも知れん。とにかく、そこから、脱走して、お前という下僕を見つけたわけやった。

人間ちゅうのは、しょせん愚かな存在や。そんなやつらに、この世を任せとけるか!俺があんじょうしたる。」

「大きなお世話や、なんでお前にそんなお節介してもらわんなんねん。」

口に出さないまでも、心の中ではそう言い放ってしまったに違いない。だが、ろばが話し終わった頃、下僕のロバは、今や極度の脱水症状にあり、何も考えることができなかった。炎天下の砂漠を歩いているのだから、無理もない。ロバは気づいていなかったが、背後に付いて来る兵士たちは、今や二人になっていた。他の者たちは、すでに砂上で干からびてしまったに違いない。

 

陽炎の中を揺れながら付いて来る黒い人影はやがてひとつになった。ロバもまた、体力の限界に近づきつつあった。全くのところ、屈強な兵士よりも彼が長生きできたのは、昨晩飲み干したコーラの威力だった。昨夜、兵士たちはかなりの脱水状態で、隠れ家にたどりついたのに、そこで見出したのは、30ばかりの空缶に過ぎなかった。ロバがすべてを食い尽くし、飲み尽くしてしまったのだった。だが、そのアドバンテージも終に失われた。ロバは随分以前から、なんとなく考えながらも口にできなかった言葉を吐いた。

「頼む、お前の小便を飲ませてくれ。」

ろばはしばらく意地悪気ににやにやして、返事をしなかったが、この下僕が死んでしまうと、自分の計画が頓挫すると考えて、頼まれた通りにした。その水分が、ロバの体内で血液が凝固し始めるのをかろうじて防いだが、彼の人間としての尊厳を完全に失わせてしまった。

「俺はもうこいつの奴隷に過ぎない。」

峠を越えて、街が見え始めたのは、心の中で三百回くらいその言葉を繰り返した時だった。国境に面した、ガキズタンの街に足を踏み入れると、すぐ目の前に井戸があった。ロバは駈け寄り、一心不乱にポンプのレバーをを上げ下げして、水を飲んだ。

「お前、ご主人様の俺より先に水を飲むとはええ度胸やな。」

ろばが臭い鼻先を近づけてきて、囁いた。

「俺が一言、反乱兵士を騙してここまで連れてきたぞ、と叫んだら、それでお前は一貫の終わりやぞ。ま、そんなことせえへんでも、あの兵士、お前を撃ち殺したそうやけどな。」

ロバが言われるままに、兵士の方を見ると、彼の充血した目は怒りに満ちていた。ばれた。一瞬そう思ったほどだ。だが、兵士は単に一刻も早く水分を補給したかっただけだった。井戸に駈け寄ると、それこそロバ以上に激しく、ポンプのレバーを上げ下げして、水を飲み始めた。ろばはまたしても先を越されたので、悔しさのあまり、兵士の口と蛇口の間に鼻ずらを突っ込んで水を飲もうとした。兵士は猛り狂って、ろばを蹴飛ばす。ろばはもう少しで苦情を口にするところだった。そんなことをすれば一貫の終わりだ。すごすごと兵士の背後に回って、順番を待つ。その様子を見て、ロバは思わず考えた。

「ええ気味やで。獣の癖して主人面をするから、そんなことになるんや。」

水分をとって、ほっとしたのが良くなかった。弛緩した気分が、本能による規制を麻痺させてしまったのだ。考えてしまった途端、ロバは気が遠くなるのを感じた。だが、今や、心の声ははっきりと叫んでいた。

「ろばに支配されてたまるか。獣の奴隷なんかになるか。」

全身から汗が噴き出し始め、瞳孔が縮小してあたりが急に暗くなる。

だが、何も起こらなかった。

ロバは獣を見た。兵士が水を飲み終えるのを、物欲しげにじっと待っている。その横顔を見て、初めて、突き出した鼻ずらの先に、ハエほどの大きさの銀色のものが光っているのに気づいた。自動翻訳装置だ。それにしても、壊れてしまったのだろうか。ろばは、何もこちらの考えに気づいていないようだ。周りを見回してみる。あ、ロバは思った。

「そうか、人が多すぎるんや。これだけの人込みや。ろばのやつ、色々な考えが次々に頭の中に入ってきて、混乱状態になっとるな。」

兵士が、ようやく水を飲み終えた。ろばがこちらの方を見る。ポンプを動かせと命じているのだ。ゆっくりと井戸に近づき、やおら、ろばの鼻ずらを掴む。銀色のボタンをつまむ、はずだった。ろばは大きく首を振るって、腕の中からすり抜けて行った。そして、臭い鼻ずらが、こう囁いた。

「お前、大それたことを考えたな。どうなるか、分かってるんやろな。」

歯をむき出してろばが残酷な笑いを浮かべる。

「まあええ、とにかく、ポンプを動かしてもらおか。喉が渇いたさかいな。」

「誰が、動かすか!」

もう破れかぶれだ。足が勝手に振るえ始めたが、言い放つ。

「ええから、早う動かせや。水を飲んだら、気が変わるかも知れへんで。」

どすの利いた低い声で、そう言われると、もはやロバには逆らう勇気が残っていなかった。震える手を伸ばし、ポンプのレバーを握る。蛇口の下の桶が永久に満たされなければ良いのに。もちろん、そんな都合の良いことが起こるわけがない。桶に7分目ほど水が溜まると、ろばは鼻ずらを突き出して水を飲み始めた。ロバには分かっていた。こいつの喉の渇きがおさまった時が、俺の最期だ。そして、その時が来た。桶からゆっくりと鼻ずらをあげたろばは、裏切り者は許さないというマフィアの親分の顔つきをしていた。息をゆっくり吸い込んで行くのが分かった。そして、叫び声!

「ぶおーーーーーーーーーーん、ぶっひん、ぶっひん、ぶっひん、びぎえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜えええええん、べっぎん、べっぎん、べっぎん、べっぎん、ううおおおおおおおおん」

それは、悪魔の叫び声に違いなかった。だが、単なるろばの鳴き声だ。ろばは、便秘に苦しんだ悪魔がうんちをひり出す時のような叫び声で鳴くのだ。つまりは、翻訳機は働かなかった。予想外の展開に、ろば以上に驚いたのはロバだった。小憎らしく、臭い鼻頭を見てみると、煙が出ていた。銀色の小さな装置は、青白い光りを放って、燃えていた。水に浸かったために、ショートしたのだった。

 

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ああ、くたびれた。タッチやで。