7.ドタバタ出国危機一髪

 

 こうして、我々は無事イスラマバードに生還。兄夫婦は普段の生活に戻り、私と相棒は更に別の都市を観光し、いよいよ明日は帰国。という段になって、突然アメリカが隣国アフガニスタンを空爆。さ〜て、えらいことになった。ムスリムたちにとって重要なのは、国家ではなくイスラームの連帯である。だから、この空爆はアメリカとアフガニスタンの問題などではなく、西欧文明によるイスラム世界への攻撃に他ならない。彼らの頭の中には、アメリカ=先進諸国=国連=国際組織という等式が即座にできあがる。アメリカ人の仲間とみなされている日本人も、当然彼らの報復のターゲットになるだろう。

 そこへ、小渕首相がだめ押しをしてくれた。他国にさきかげて、いち早くアメリカの空爆支持を公式発表したのだ。なんちゅうことを。とにかく明日パキスタンを発つまでは、何事も起こらずにいてくれよ〜、頼むよ〜。

 

 すでにアメリカ大使館の周りでは、激昂した住民が暴れ出している。最後の一日は近所のマーケットであれ買って、これ買って、と計画していたが、ショッピングどころの騒ぎでなない。兄の自宅から一歩も出られないのだ。 家に居たってまだまだ安心はできない。

「あっ、ここにアメリカの手先が住んどる。いてまえ、いてまえ〜!」と一般住民が殴り込んで来ないと、誰が言えよう。

 

 あ〜あ、ショッピングはポシャったし、外には出られないし、急に暇になっちまったなあ。明日のフライトまで、何してりゃいいんだ。明日のフライト・・・フライト、ん?げげっ!しまった!リコンフアーム忘れてた!

 でも、前にフランスから帰る時もリコンファーム忘れてて、大丈夫だったしな。まあ、今からでも電話入れとこ。ここはやっぱり元スチュワーデスの兄嫁さんに電話してもらうのが一番だろ。えっ?電話でリコンフアームできないって?PIAのオフィスまで行かなきゃならない?なんで?なんで、そんな不便なシステムなのよ。

 結局、外に出られない我々の代わりに、兄嫁のお姉さんがオフィスに行ってくれる。助かった。持つべきものは兄嫁の姉。しばらくして、お姉さんから電話。ひきつった声で叫んでいる。

「Your ticket expired !」

「はあ?えくすぱいあ〜?」

エクスパイア?なんじゃ、それ。吸血鬼か?あれはバンバイアか。エクスパイア、というと・・・・期限切れえええええ!そんなアホな。この非常事態に、そんな冗談やめてくれ。もう一度、よ〜く確かめてみてよ、お姉さん。ね、ね、明日の出発になってるでしょ。

「ノー。このチケットでは3日前の出発になっている。」

ガガ〜ン。一体何がどうなってしまったんだ。う〜んと前から計画建てて来たんだから、出発の日を間違えるはずなんかない。だとしたら・・・そういえばチケットの日付なんか一度も確かめたことなかったよな。あ〜大失敗。と、悔やんでいる暇はない。一刻も早くこの国を脱出しなきゃいけないんだ。もう一度あらためて予約を入れるしかない。補助席でもいいからどうか空席がありますように・・・

 幸い、予定していた便ではないが、空席が見つかった。やれやれ、これで帰れる。

 

 翌日、兄は依然自宅待機。タクシーを使うのも危険だというので、兄嫁と兄嫁のお姉さんが車で空港まで送ってくれる。空港内は不気味なほど静かだ。暴動も厳重な警戒もない。だが、最後の瞬間まで油断はできない。とんでもなく恐ろしい部族や、のっぴきならない事態や、体が縮み上がる危険な状況が出現したのは、いつだって、不穏な空気も、怪しい雰囲気も全く感知させない、のんびり、のほほんとした平和な風景の中だったのだから。この予定不調和的ミスマッチな唐突さ、これがパキスタンの神髄だ。