その(7)
1999.01.30 <ハナチン>
しばらく、沈黙して歩いていたロバであったが、気を取り直して言った。
「なぁ、俺が殺されたところでお前が得する事はなんも無いやろ。そろそろほんまの目的を教えてくれへんか」
「・・・・・・」
「なぁ、頼むわ」
「ちょっとは謙虚な気持ちになったんかいな。まぁ心配せんでもええ。お前は俺の言うとおりにしてたらええんや」
「何をするつもりなんや。ちょっと、そのさわりだけでもおせーてくれへんか」
ろばはしばし考えた後にしゃべりだした。
「お前も長い事、放浪生活しとんねんから、今どっちの方角に向かって歩いてるかくらいはわかるわなぁ」
「そら、お日さんがあっちから昇ったという事は東南かな」
「この国の東南には何があんねん」
「ガキズダン」
「そうや、この国アルジスタンは真東から真南にいたるまでほとんどガキズダンと面してるんや。東南の方向に向かったら間違いなしにガキズダンとの国境に辿り着く」
「うんうん」
「このクーデター騒ぎの後や。ガキズダンとの国境では誰にも会わん事はまず無いやろ」
「たぶん、ガキズダンの兵士がおるやろな」
「そや。ガキズダン兵士に出会ったら、あたりかまわず例の符丁言葉で俺が話してみるからな。なんかリアクション起こしよったやつが居ったらそれが連中の仲間や」
「仲間がおれへんかったらどないすんねん。それに仲間がおったらおったで、そいつらも迷惑しとるからなんも連絡してけえへんかってんやろ。逆にそいつらに殺されるかもしれんで」
「ちゃんと考えてあるから心配すんな」
「なんやねん、教えてくれや」
「お前に言うても理解出来るかどうかが問題やねんけどな、俺の構想のさわりだけでも話したろか」
「うんうん」
「俺はなあ、ガキズダン国の政府転覆を計画してるんや」
「な、な、なんやて」
「ガキズダン国にはなぁ、ここ数年アルジスタン国で続いた内戦の時に大量の難民が押し寄せとる。人の数にして800万人、ろばの数にして250万ろば、とも言われとる。ガキズダン国はそれを受け入れとるんや」
「ええこっちゃないかい」
「ガキズダン国は難民受け入れに際して、各国から莫大な援助金をもろてるんや。しかしながら、それをいっこも難民のためには還元しよらん。みーんな政府の役人共が搾取していきよるんや。難民は未だに収容所と名のつく一帯に閉じこめられて、その中で自分らで作った泥の家で細々と暮らしとる。俺の幼なじみのろば達も悲惨な生活を送ってるらしい。俺はそんなガキズダン政府が許されへんねや」
「えらい詳しいなぁ。そんな難しい事、昔から考えとったんか?」
「いや、宇宙人と出会った事で俺の人生観、いやろば生観が変わったんかもしれんな。俺は今何を成すべきかを考える様になった」
「ふーん」
「さっきも言うた様にガキズダン国には、大量のアルジスタン難民がおる。収容所におるやつもおれば、首都近辺でアルジスタンバザールをひらいて手作りの製品を売って生計をたてとるやつもおる。はたまた子供に物乞いさせてそれでメシ食うとるやつもおる。ガキズダンに入国したら、そいつら全員に声かけるんや」
「声かけるって、そんなん誰が聞いてくれるんや」
「ええから、お前は俺がしゃべっとる時に口をパクパクさせとるだけでええ。説得工作はすべて俺がやる」
「ごっつい自信やなぁ。どこから生まれてくるんやその自信は」
「当たり前やろ。俺は宇宙人とも交渉したろばやぞ。宇宙人と折衝して地球乗っ取り計画を断念させた唯一のろばや。言わばこの地球の救世主なんやぞ。その俺が説得をする、ちゅうてんねん。うまいこといかんとでも思ってんのか」
そう言われてロバはあらためてろばを眺めた。
「そない言われてみたら、なんかお前に後光がさしてるようにも見えて来たな。しかしなんであのアルジスタンの兵隊さんを連れて来たんや。関係無いんとちゃうんか」
「兵隊さんってなぁ、あいつらはガキズダンやそこらの官僚みたいな軍人とはわけがちゃう。ごっつい勇猛果敢な兵士や。失敗こそしたもんの自分らでクーデター起こすという気概も持った連中や。そのうち俺の計画に参加してもらうつもりでわざとついて来させたんや」
「なんや、いろいろ考えとんなぁ」
「お前には、まだまだわかってない事があるで。俺がただ東南に向かってぼーっと歩いてるとでも思ってんねやろ」
「ちゃうんか」
「あのなぁ、この辺りはもう国境近いんやで。この地域には何万という地雷が埋まってるんや。何気なく歩いてるようでもな実はちゃんと地雷を迂回しながら歩いてるんや。ほれ、足あと見てみ。結構ジグザグに歩いとるやろ」
後ろを振り向くと確かに我々の足あとはまっすぐでは無い。はるか彼方にロバ達の足あとにの上を歩いてくる軍人達も見える。
「あいつらも感心しとるで。ちゃんと地雷を迂回しとるって。お前には聞こえへんやろうけど、この自動翻訳機は感度ええんや。あいつらの感心してる話し声が聞こえてくるんや」
「何で地雷のあるとこがわかんねん。地雷探知機持ってるわけでもないのに」
「聞こえるんや。地雷の鳴き声が」
「地雷の鳴き声?」
「そうや。地雷かて暗い地面の下でじっと黙っとるわけやないんやで。ほーれ、こっち来い、こっち来いってな、誰かが通るたんびに鳴き声をあげよるんや。人間には聞こえへんけどな。地雷探知に犬使うのん聞いた事あるやろ。あれもその鳴き声が聞こえるからや。その鳴き声をこの自動翻訳機が感知してくれよる。すごい機械や。いや、使ってる俺がすごいと言うべきやな」
ロバの顔からたらーりと冷や汗が出た。
「地雷を回避してるだけや無いで。なんぼガキズダンとの国境や言うたかて山岳地帯に迷いこんでもしゃーないやろ。ちゃんと国境警備隊のおるところへ目指して歩いてる。お前は何十年もただぼんやりと放浪の旅してただけかもしれんけど、俺はちゃう。俺は今やこの中洋の地理に関しては世界中の誰よりも詳しいんや」
「・・・・・」
「それからな。最初のお前の質問やけどな、ガキズダンに着いてあいつらの仲間がおるかどうか、そんなもんどっちゃでもええんや。おればおった、おらんかったらおらんかったで、なんぼでもやりようがある。とりあえず国境が見えたあたりでアルジスタン兵達には『ここで待機せよ』との指令の手紙を残して行く。国境ではまずあいつらの仲間を探すが、おれへんかったら、とりあえずはクーデターを逃れて来た難民をよそおって入国するんや。もし仲間がおったら、彼らの喰らった逆クーデターは実は偽装でほんまはクーデターには成功したんや、ってそいつらに伝える。偽装を装ったんは、ガキズダン国を安心させる為で今度はガギスタン政府転覆の為にやって来たからお前らも協力せい、て説得にかかるんや。あーあ、とうとうこんな事まで話してもうた。ここまで話してもうたらこの連載もんの次の作者が困ってまうやんけ」
「その作者がどうのっちゅうのはようわからんけど、そないうまい事行くんか」
「この自動翻訳機はなぁ、使ってるうちにどんどん進化する機械みたいやねん。こうして話してるうちに相手の本音まで翻訳する様になってきよったんや。そやから相手が『よっしゃ協力するで』と口では言うても本音が別の場合、『こいつら殺したろ』ってちゃんと心の中の声まで翻訳してくれよる。これがあれば相手の裏を出し抜く事も簡単や。ただ心配なんはお前や。ただ口をパクパクさせるだけでええ、とは言うもんのいっつもみたいにおどおどしとったらあかんねんぞ。ちゃんと堂々としといてくれよ」
「わ、わかっとるわい」(ちくしょうこのろばめ、生意気な)
「たった今、俺が心の中の声も翻訳されると言うたとこやろ」
「あー、そやった。すまん。もうひとつ教えてくれ。仮にこの計画が成功したとして、ガキズダン政府転覆の暁には何が待ってるんや」
「決まってるやろ。俺を国家元首とする新国家が出来上がるんや。心配すな、その時もお前をこれまで通り俺の下僕として使ってやるから」
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どうや、まだまだ続けてみるか?